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超短編小説【健太とケロップの子育て記】

【健太とケロップの子育て記】 峯岸 よぞら


「今日は公園に行こうか!」

ママの呼びかけに、三歳の健太がはしゃぐ。
綺麗にしまってあるタンスから、お気に入りの電車の靴下を、
思いっきり引っ張って履いた。

「見て見て!出来た!」
「自分で履けたね。」

ママは自分の準備を秒で済まし、いつもの服装に身を包む。
健太が玄関へ走った。

「なんで靴を履くの?」

毎日のなんでなんで攻撃に、既に疲れている。

「なんでだろうね」

ママは、それしか答えてあげられなくて、
罪悪感でいっぱいになってしまう。

「よし、行こう!」

玄関を開けると、事件が起きた。

「僕が開けたかったー!」

彼が泣き叫ぶ。
朝から機嫌良く自分で何でも進んで出来ていた。
ここで無理やり外に連れ出そうとすれば、逆効果だ。
仕方なく玄関を閉めて、健太が開けるのを待つ。


宇宙に住んでいる三歳のケロップは、ママとお出掛け。
全身緑色で触覚がトレードマークの宇宙人。
今日は、小さな惑星に宇宙船で移動をして、
浮かんでいる隕石を取りに行くのだ。
宇宙人は瞬間移動が使える。
そのため、宇宙船を使わなくても、移動は出来る。
しかし、ケロップがどうしても宇宙船に乗りたいというので、
その望みを叶えることにした。
小型なので、座席の数が限られている。
乗ると、中年の宇宙人が足のような触覚を伸ばし、
一人で三席も占領している。

「僕も座りたいー。」

ケロップが叫ぶと他の宇宙人は冷たい目で見て来た。
ママはそれに気付く。

「ここで立っていればお外を見られるよ。」

「嫌だ!座りたい!」

「わがまま言わないで。」

説得は利かなかった。次第に、彼が泣きそうになっている。
そうなれば大変だ。今すぐに黙れ!と強く言いたいところだ。
しかし、そんな事をしてしまったら、
堪えている涙がこの世の終わりのように流れてくる。

「あの星は何かな?」

気を紛らわす作戦もあるが、
今日のケロップには何を言っても無駄だった。

「うわーん。座りたかったー。」

 睨む宇宙人。触覚で穴を塞ぐ宇宙人。
ママの心が抉られていった。
そんな状況なのだから、ママの方が泣きたい。

「僕、元気があって良いわね。何歳?」

 優しく声を掛けてくれたのは、マダムのように品の溢れる宇宙人だ。

「ぼ、僕三歳。」

 ケロップが泣きながら答える。

「そう。お喋り上手ね。今日はママとお出掛けかしら?」

「うん。隕石取りに行くの。」

「あらぁ、楽しそうね。」

「楽しいよ!あのね、前はこんなに大きいの取ったんだよ。」

マダム宇宙人の効果は絶大だ。
恐らく彼女は子育てを終え、
自分の人生を楽しんでいるのだろう。

「見てて!僕ね、こんなのも出来るんだよ。」

彼女に質問されて、自分に興味があると思ったケロップ。
彼が宇宙船内を走り出してしまった。
前に走ったかと思うと、
天井に昇る。今度は側面の壁を蹴り上げて、
ピョンピョンと左右に跳ぶ。

「辞めなさい!」

ママが声を荒げた。

「じゃじゃーん。」

綺麗に着地を決めたケロップは、マダム宇宙人にドヤ顔をした。
一瞬時が止まったように感じる。
ママは全員に謝る覚悟でいた。

パチパチパチパチ。

「素晴らしいわ。私も元気を貰っちゃった。ありがとう。」

マダム宇宙人や他の乗客が一斉に拍手をし、褒め称えてくれた。
ママが涙を浮かべている。

「おい坊主。ここ座りな。」

そう言って中年の宇宙人が、足を閉じて席を開けてくれた。
その様子から、彼は足を怪我をしているように見えた。

「わーい!ありがとう。」

「ありがとうございます。」

席に座れて、ケロップが大人しくなった。

ママは安堵する。

「次は、トロヤ駅~トロヤ駅~。小惑星ご利用の宇宙人様はこちらでお降りください。」

ケロップとママが宇宙船を降りる。
無数の小惑星や、隕石で溢れているトロヤ群地帯。

ケロップは大はしゃぎ。
この笑顔が見られて良かったと、ママも微笑む。
辺りを見回すと、他にも隕石を取りに来ている家族がいた。

「嫌だ!」

ここでも事件が起きた。

「あっちの隕石が良い!」

ケロップに隕石を取ってやったが、
他の家族が取っている隕石が良いと言い出した。

「あれはお友だちのだから。」

「あれが欲しい!」

この状態になれば、どんなに大きい隕石を取ろうが、
綺麗な形をしていようがお友だちが持っている隕石が良いのだ。
ママはため息をつき、彼が落ち着くのを待った。


地球上では、健太が機嫌良く帰って来た。

公園から帰り、お風呂を済まし、
ママが夕飯を作るまで遊んで待っている。
その間も事件はいくつか起きていたので、
ママはヘトヘトだ。

「トイレに行って来るから遊んで待っててね!」
「うん」

返事が上ずっているように聞こえた。

トイレの戸が閉まると、今だ!と、
健太が二階の寝室に上がる。
ベッドでジャンプをして遊びたい。
階段に設置してあるベビーゲートなんて、
三歳にもなればいとも簡単に開けられてしまう。
この音はもしや?とママは背筋が凍る。
トイレを途中で切り上げた。

「危ないって言ってるでしょ!?」

 健太はベッドで跳びはねて、はしゃいでいる。

「だって遊びたいんだもん!」

「落ちたらどうするの?」

いつもより強い口調になってしまう。

健太は大号泣し始めた。


宇宙で隕石を取って帰って来たケロップは、
ママが夕飯を持って来るまで遊んで待つ。
家は宇宙船だ。しかし、これは飛んではいけない。
飛ぶためには電波を発信する必要がある。
勝手に飛んだ場合、宇宙自体の時空がその電波によって歪んでしまうのだ。
夕飯は宇宙船のモニターで選んで注文をする。
するとそこから、浮かんで出てくる仕組みだ。
宇宙食にも様々な栄養がある。
その注文を間違えると、エラーが発生し、
1からやり直しになってしまう。
ママは慎重に選んでいた。

ケロップは取って来た隕石を、
機嫌良くビームで砕いたりして遊んでいる。
結局この隕石は、ママが取った物だ。
「じゃあ、この隕石は、ママが貰って良いね?」
と、聞くと、それも嫌だと言い、その隕石が
欲しくなったのだ。

ピーーーガッシャン。
この隕石は割れやすく、破片が散らばって行く。

「あれはなんだろう?」

ふと見ると、窓から土星の環が見える。あれが欲しい。
しかし、ママからは勝手に外に出てはいけないと言われている。
今のケロップには、そんな約束事など、なかったものになっている。


「かっこいい環っか!」

目を輝かせる。かっこいいから行く。
ただそれだけだ。宇宙船のドアを開け突き進む。

数秒経った時だ。

「ケロップ!」

気付くと血相を変えたママが目の前に立っていた。
瞬間移動をして彼を止めに来た。

「環っかを取りに行こうとしたのね。あれは届かないの!
もし届いてしまったら、あなたは凍ってしまうのよ!」

マイナス180度前後と言われている、土星の環。
これは三歳の彼には理解できない。

「でもかっこいいんだもん!」

「ダメ!凍っちゃったらもう会えないの!」

ケロップは大号泣した。

「じゃあ、地球人なら良いの?」

「え?どうしてそう思うの?」

「だって、地球人は凄いじゃん。
無いものは作り出して、常に前進しているじゃん。
だから、凄い地球人なら大丈夫なんでしょ?」

ママはびっくりした。地球人の話をしたことがあるが、
どんな体をしていてとか、その程度だったので、
どこで覚えたのだろうと感心した。

「でも僕は、宇宙人が良いよ。
ママといれるからね!」


地球上の食卓では、健太が夕飯を食べている。
あの後は、仕方なく一階で遊びながら待っていた。
テレビで流れて来た、
お兄さんとお姉さんの歌番組に釘付けになりながら。

二人で座っていただきますをすると、外で雨の音がし始めた。

「お外、雨降ってるね。」

夕飯のカレーライスをこぼしながら、
健太がママに話しかける。

「そうだね。」

「宇宙人が、えんえんしているのかな?」

「宇宙人が泣いているの?」

「そうだよ。」

「面白い発想だね。」

「だって雨、緑色だよ。」

「え?」

ママが外を見ると、葉っぱに雫が付いていた。

「宇宙人がえんえんなら、
僕がよしよししてあげるんだ。
ママがしてくれた時、嬉しいから、
僕がやってあげるんだ!」


子どもの発想には、無数の可能性があることを、
改めて知らされた一日だった。
<終>

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