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マーケティングを実務と学術の両面から学ぶ:マーケターの本棚

世界中に数多あるマーケティング関連本。どれを読めばマーケティングが分かるようになるのか。何から読めばマーケティングを理解しやすいのかを見極めるのは大変困難です。

「いっそ、あのマーケターの本棚を覗き見できたら良いのに……」

そんな願いを実現したのが、今回から始まる連載「マーケターの本棚」です。初回はマーケターとして活躍しながら大学院で教鞭も取っている高広伯彦さんが、マーケティングの「実務」と「学術」を橋渡しするような2冊を紹介してくれました。

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二極化しているマーケティング関連本へのニーズ

普段、企業のマーケティング活動支援の仕事と、社会人向け専門職大学院での講師を務めているからか、よく「マーケティングを学ぶにはどんな本を読めば良いですか?」とか「新任のマーケターは何から読むのが良いですか?」という質問を受ける。

まあ、こうした質問が来るのも無理はない。書店に行けば“マーケティング”という言葉が表紙や帯に書かれた本が多数あり、どれを手にすれば良いのかなんて分かりゃあしない。

試しにAmazonで、この文章を執筆している日から遡ること過去3カ月間で、何冊ぐらいの“マーケティング関連本”が出版されたかを調べてみたら、なんと200冊ほど(雑誌は含まず)もあった。これが四半期の平均的な”マーケティング関連本”の出版数だとすると、(Amazonで流通していない書籍もあるとして)1年間で800冊以上ものマーケティング関連の新刊が出ていることになる。

そしてここ数年、あちこちで“マーケティング”という言葉が聞かれるようになった影響なのか、最初に挙げた「マーケティングに関する本を紹介してほしい」という質問も、二極化している。

一つは「“今すぐ使える”とか“明日から使える”ようなマーケティングを勉強したい」という業務に直結する学びを得たい実務家としてのリクエスト。

もう一つは「書店やAmazonに並ぶ実務書は、どれも似たような話か、執筆者の個人的経験で一般化できない話ばかり」といった落胆から「何か本質的な理解を進められる本はないか?」というもの。

どちらも間違いではない。むしろ、“マーケティング”というものが「実務」と「学術」の両方にまたがるものだからこそ出てくる話だ。

定義が難しいマーケティングの理解には、網羅性の高い本が必要

今、必要なのは両者の橋渡し、ないしは両者をカバーする「マーケティング本」。

本当は、1967年に初版が出て、世界各国のマーケティングの授業でテキストとして使われており、現在までも版を重ねて出版されている『Marketing Management』(Pearson)をおすすめしたいところ。

しかしこの本、600〜700ページ台で20数章からなるので、一般的なビジネスパーソンが一人で英語で読み通すには非常に大変。先ごろ最新版の日本語訳『マーケティング・マネジメント 原書16版』(恩藏直人監修・丸善出版)が刊行されたので(ずっと日本語訳は古い版のものしかなかった)、多少手に取りやすくはなったが、いかんせん分厚い。

ただ、気になるところから読める本でもあるし、世界中のマーケティング・クラスの基本中の基本の本なので、ビジネスパーソンなら一冊は持っておいてほしい本だ。

しかしなぜ『Marketing Management』のような本をすすめるかというと、その“網羅性”にある。「マーケティングにはどのようなものがあるか?」について、この本ほど、網羅的に押さえられた本はない(テキストとして用いられるからではあるが)。

一方、実務家の世界では「マーケティング」というものについて、定義も範囲もバラバラで「俺が作ったマーケティングの定義」のようなものもあちこちで見受けられる。得てしてそのように作られた「定義」は、その主張をしている人物の範囲での「マーケティング」の話でしかない。

ちなみに現時点で、マーケティングの「公式な定義」を挙げるとすると、全米マーケティング協会が定めた次のようなもの。

「Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.」
訳)マーケティングとは、顧客、クライアント、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造、伝達、提供、交換するための活動、一連の制度、およびプロセスである」(2017年承認)

「うん、なんのこっちゃわからん」と思う人が多いだろう。これは「マーケティングを定義すること」の難しさが要因だ。マーケティングという企業活動が非常に多岐にわたっているからであり、それらを高次に抽象化して「定義」にすると、このようなものにまで昇華されるからだと思う。

ただ、なぜこのような「定義」になってしまうのかというのは、マーケティングを網羅的に理解することで、なんとなく分かってくる。「定義」の分かりにくさをもって「定義なんていらん、実践があれば良い」という意見も出てくるが、マーケティングは実際の社会経済の現象と密接に結びついてできているもの。整理されたものを網羅的に理解することで、実践と理論の間の行き来が可能になるだろう。

さて、とはいっても『Marketing Management』の文量(=分厚くて枕にできそう)は、一般的なビジネスパーソンにとって読了するのは難しい。辞書的な意味合いで、一冊持っておくのは良いと思うが。

そこでここでは網羅的かつ整理されたもので、より気軽に、『Marketing Management』のコンパクト版のように読めるものを挙げるとする。

マーケティングの“今”が分かる

『マーケティング[新訂](放送大学教材)』
著者:井上淳子・石田大典

放送大学のマーケティング関連講座は1980年代から続いており、現在は2021年度開講分の「マーケティング(’21)」が最新のものとなっている。

同講座は、講師と内容が数年ごとに変わるため、テキストとして以下のように同名ないしはほぼ同名の書籍が何冊も出ている。

  • 『マーケティング[新訂]』 井上淳子・石田大典(2021)

  • 『マーケティング論』 芳賀康浩・平木いくみ(2017)

  • 『マーケティング』 橋田洋一郎・須永努(2013)

  • 『マーケティング論』 恩藏直人(2008)

*すべて放送大学教育振興会から出版

Amazonや楽天ブックス、日本の古書店などで、放送大学の歴代のマーケティング講座の本を購入し、並べて読んでみるのも非常に面白い。この20〜30年の間でマーケティングがどのように変化してきたか、また常に書かれているものは何か、といった流れを把握できるのは、長年講座を続けてきた放送大学のテキストならではだろう。

最新トレンドから古典的な概念・理論まで分かる


『マーケティングの力:最重要概念・理論枠組み集』
編集:恩藏直人・坂下玄哲

2023年5月に刊行されたこちらの1冊は、手元においておきたい本として挙げておきたい。

この本は、約90のマーケティングの概念や理論について、それぞれ3ページほどでコンパクトに解説してあり、どこからでも読める。つまり、気になるキーワードからマーケティングを学ぶことができるのである。

また古典的な概念や理論のみならず、「リキッド消費」や「オウンドメディア」といった最近のキーワードも入っているため、とっつきやすいはずだ。

帯にある「現代マーケティングの全体像がここに。」というフレーズに嘘はない。参考文献のリストも充実しているので、気になるキーワードから読み始め、もっと深堀りしたい場合にはそこから先は参考文献を読めば良い。

マーケティングが注目されている今こそ、読んでほしい

マーケティングという言葉を耳にする機会が増えた今、マーケターとしてマーケティングを学ぼうとしている人たちもきっと多いことだろう。

そんな方たちに放送大学の『マーケティング』のテキストと『マーケティングの力』は、網羅的・教科書的に理解をしていくことと、辞書的に概念を理解していくことができるので、今一番おすすめの組み合わせと言える。



 高広伯彦:博報堂、電通、Googleなどで広告やマーケティング、デジタル領域の事業を20年以上経験。現在は社会情報大学院大学特任教授、株式会社スケダチ代表を務めている。

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