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車を求める顧客に「実はバイクなのでは」と提案するデザイン思考を学ぶ:マーケターの本棚

世界中に数多あるマーケティング関連本。どれを読めばマーケティングが分かるようになるのか。何から読めばマーケティングを理解しやすいのかを見極めるのは大変困難です。

「いっそ、あのマーケターの本棚をのぞき見できたら良いのに……」

そんな願いを実現したのが、連載「マーケターの本棚」です。今回はエンジニアからマーケターへと転身した日商エレクトロニクスの近藤智基(こんどう・ともき)さんに、マーケターとして駆け出しの頃に指針となった1冊を紹介してもらいました。

<プロフィール>
近藤 智基:2002年、日商エレクトロニクス株式会社に入社し中部支店に配属。エンジニアとして10年ほど務め、東京本社への転勤を機に自ら志願してマーケターに転身。現在はエンタープライズ事業本部 ビジネス推進部の部長を務める。2022年、Marketo Engage Champion(現Japan Adobe Advocates)を受賞。


エンジニアからマーケターへ転身

私のキャリアのスタートは、エンジニアです。2002年に日商エレクトロニクスへ入社し、名古屋へ配属されて10年ほど顧客への提案や構築、保守サポートなどを経験しました。その後、東京へ転勤となりマーケターとしての活動を始めます。

当時の業務は海外製品を日本で展開するプロダクトマーケティングで、イベントに出展して製品のPRをしていました。そこで直面したのは、マーケティングでよくある「イベントでリードを獲得しても、なかなか継続的な案件受注にはつながらない」という課題。そこで私はMA(マーケティングオートメーション)やデジタルマーケティングについて勉強し始め、アドビのMAツール「Adobe Marketo Engage」を導入しました。

その後はマイクロソフト製品を扱う組織を立ち上げ、現在は部長として活動しています。当初は営業やマーケティング、技術を包括的に担当していましたが、直近1年は組織体制を広げ、よりマーケティングに注力するようになりました。

マーケターにも役立つ「デザイン思考」

『クリエイティブ・マインドセット—想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法』
著者:デイヴィッド ケリー、トム ケリー
訳者:千葉 敏生

デザイン思考を世の中に広めた会社であるIDEO(アイディオ)の創始者が書いた書籍です。「人間はみんながクリエイティブである」という観点から、クリエイティビティをもとにした顧客視点や共感力を養えることが重要としています。

デザイン思考は、よく新商品やサービスを開発する際の視点として語られますが、実は、マーケターにとって重要な顧客視点や共感力においても役立つのです。

例えば車のマーケティングを考えるとき、「この車はここがすごい」「こんな便利な機能がある」と打ち出すだけでは顧客に刺さりません。そうではなく「あなたの課題はこうだから、この車がおすすめです」「実は車ではなく、バイクの方が課題を解決できるのではないでしょうか」と、顧客視点で語るべきなのです。そして、こうした顧客視点は共感によって生まれるものといえます。

しかし、こうした顧客視点でマーケティングをしている人は多くありません。ただ、これはある意味で仕方のないこと。もちろん、多くの人は顧客視点の重要性を理解していますが、実際に突き詰めるのはなかなか難しいものです。多くの会社では顧客より先に製品が存在しているため、製品を開発した背景や、開発時に想定したペルソナをもとにマーケティング活動をしがちになります。

当社でも海外のベンダーが開発した商品を提供するため、製品の技術的なすごさや海外の顧客課題をベンダーからインプットし、それをそのまま日本に展開するマーケターが多いのが実情です。そうした人たちに、顧客に徹底的に共感し、顧客中心の提案をする方法をどう伝えるか悩んでいました。

自分では手前味噌ながらプレイヤーとして成果を出せていた一方、ノウハウをうまく言語化できておらず、伝え方に苦労していたのです。そんなときに出会ったのが本書でした。

「人間は誰しもクリエイティブ」という視点で新たな提案を

本書から、印象に残っている内容を紹介します。

医療機器にMRIがありますよね。寝そべった状態で筒状の機械に入り、体の断層画像を撮る装置です。患者がMRIを使う際、長い間じっとして、稼働している間に鳴り続ける大きな音を我慢しなければなりません。

あるとき、MRIの開発者が病院に足を運ぶと、MRIで検査している子どもが大泣きしているのを見てショックを受けたそうです。子どもであれば、大きな音は怖いでしょうから仕方がありません。しかし、開発者はせっかく良かれと思って生み出したMRIが子どもを悲しませている現実を知り、何とかできないかと考えました。

そこでIDEOに相談し、デザイン思考をもとに改善策を考えました。生み出した答えが、MRIの周りに飛行機や潜水艦のイラストを描くことです。大きな音がする空間にいる時間を、宇宙旅行や海底旅行の時間に見立てたのです。

ここでのポイントは「怖い」という課題をただ解決するのではなく、子どもの視点に立って「いかに楽しい時間にするか」と、クリエイティブな問いに変えたこと。

このように、本書では「人間はみんながクリエイティブである」という視点に立ち、いかに対象に共感して新たな提案をできるかがポイントだと書かれています。

私たちはみな、子どもの頃はいろいろな絵を描いたりとクリエイティビティを発揮していたのに、いつの間にかクリエイティビティを失って大人になる人も少なくありません。失敗を恐れて、新たなことをやらなくなってしまうのです。

マーケティングでは、似たような製品が多い時代に差をつけるための1つの要素として、戦略的なマーケティングが非常に重要だと思います。海外のスタートアップを見ていると、全く同じようなコンセプトの製品があっても、顧客共感力が高いメッセージを打ち出せるマーケティング、プレゼンテーション力が高いベンダーが先に成功しているように見えます。

前例踏襲のマーケティングプランではなく、そのタイミングごとに顧客共感で練られた新しいマーケティングプランを立て、不足しているサービスを企画する能力が重要です。そのためのヒントがこの書籍にはたくさん詰まっています。失敗を恐れずに新しいことへ取り組むのが重要です。

顧客のメリットを高め、解消すべき課題を解消

マーケティングでよく使うカスタマージャーニーやペルソナの考え方も、デザイン思考のツールです。当社でもインサイドセールスや営業、技術のメンバーを巻き込みながら、ペルソナを作り込んで顧客視点に立つワークショップを実施しています。

ペルソナは常に変化しているので、継続的に顧客共感を突き詰めていくことは重要です。普段、顧客から聞く課題や観察などをもとにペルソナを作り込むことで、新たな発見も生まれます。

具体的には、顧客に訴求すべきメリットである「ゲイン」と、解消すべき課題である「ペイン」の2つを分析して、我々が持つ製品やソリューションの何がゲインを高め、ペインを解消できるかを考えています。

製品、サービスは多くの特徴を兼ね備えていますが、本当に伝えないといけないメッセージを自社視点ではなく顧客共感されたメッセージで、伝えることが重要です。また、我々は商社なのでゲイン、ペインが解決できない場合は追加の商材やサービスの立ち上げもおこないます。

ちなみに、顧客に共感するにはその人になりきることが重要であるという観点から、当社のマーケターには我々の顧客と同じITインフラを管理する能力を身につけてもらっています。

顧客が使っているツールや業務を自ら経験してロール・プレイすることで、顧客を深く理解できると思っているからです。実際に自分で触ることで気づくことが多くあります。ベンダーからは良いことしか教えてもらえないので、自分で使いにくさや不足している部分を経験することで顧客との共感が生まれ、新しい発見ができます。

本書は、若い人だけでなく、中年以上のリーダー層にも読んでもらいたいですね。デザイン思考をもとにした「失敗を許容しながら新たなものにとりあえずチャレンジしてみる」文化がもっと広がれば良いなと思います。

当社のメンバーも、かなりの時間をかけてプランやコンテンツを市場に出しがちですが、本来は顧客共感を軸にアジャイルでマーケティング戦略、コンテンツを策定し、市場に出すというサイクルを高速で回してトライしていきたいと思っています。

そこで成功すれば、さらにリソースをつぎ込んでブラッシュアップすべきですし、失敗したら共感や問いの立て直しを実施すれば良いのです。デザイン思考では共感、課題定義、アイデア、プロトタイプ、テストといったプロセスで検討を進めますが、マーケティング戦略やコンテンツをプロトタイプと捉えてどんどん市場でテストし、チャレンジしていきたいと思っています。

コンテンツ作成については、これまでまずアイデアを考えて、そこから外注などを経て、マーケティングコンテンツの完成と長い時間がかかっていました。しかし、昨今では生成AIなどによって、アイデア出しやコンテンツ作成も内製化もできるようになり、マーケティングアクションのサイクルを早く回せるようになっています。

マーケターや組織がこうしたサイクルを高速に回すためには、失敗を恐れず、クリエイティビティを軸に考えるデザイン思考がより一層重要になるのではないでしょうか。

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