【掌編・短編小説】例えば私があなたから愛されたいと思ったとしたら
『その花は夜明け前に咲くんだよ』
私はまだその花を見たことがない。
夜明け前に咲くなんて気取ってる花だ。
月明かりで夜中に咲くほどの覚悟も無いくせに
夜明けの太陽と共に咲く彩りもバカにしてる。
孤独な花だ。
しかし、私は密かに見れる時を心待ちにしている。
ムーンフラワーやクジャクサボテンなど夜に咲く花は
強い決心を決めて人に愛されなくても自分の為に咲いている。
ヒマワリやサクラみたいに人に愛される為に日の光を浴びて咲く花たちもまた魅力的だ。
はたして、夜明け前に咲く花は一体何を考えているのだろう。
繁華街から3駅。街並みはお洒落だが都会ではない、と言った所に私はいる。
月並になんかつまらない、と不満を漏らしつつ、はしゃぎたいわけではない。
友も恋もさして困っているわけではない。
なのに満たされていない。
この砂糖の足りない紅茶を飲んでいる気分をどうしようか。
友人と酒でも飲めばその場は楽しいのだが根本的な解決ではない。
自分が変わるしかないなんて分かってるけど人に指図されるほどムカつく事はない。黙れ。
そんな私に近付いてきた友達の友達。
軽薄で何考えてるのか分からない人だけど、
その人の話を聞いていると少し楽しい。
自分がマシな人間に思えてくる。
『自分の気持ちはノートに一人で文字にしても良いし、SNSでも、もちろん誰かに直接伝えても良いし、絵とかなんか物にしてみても楽しいよ。』
この人はなんで思ってる事を明朗に言葉にしてるのに嫌われないのだろう。
そしてなんでこの人は言葉以外で気持ちを伝える事が楽しいなんて言えるのだろう。
私の心の奥底はいびつだ。乾いていて、美しくも無いのに誰かに見て欲しいという希望を捨てきれていない。
そんな物でも、誰か表現したいと思うのか。
私は私を見たくない。
私は私を感じたくない。
『真冬の夜明け前みたいだね。空気は冷たくて乾いててさ、皆が美しいと思うのは朝日でさ、でも気付いてくれる人はその美しさに気付いてくれるよ。』
『ま、万人受けはしないかもな。』
私の美しさに気付いてくれる人なんて居るのだろうか。
『俺は好きだけどな。夜明け前も夜明け前の心も。』
帰っているとまた満たされない気持ちになった。
さっき買ったばかりのホットのお茶を飲んだら二口めがほんのり冷たい。
今の気分にぴったりだ。バカヤロー。
始発で最寄りから歩いて帰っている時に
ふと空を見上げたのだ。
夜明け前。
あぁ。色の境い目が沢山ある。金色の朝日は東に気配を感じるけどまだ姿は見えない。
絶望でも希望でも始まりでも終わりでもないこんな色がこの世にあったのか。
冷たい空気に鼻先が冷えたけど、頭の中が痺れて何かが響いた。
少し満たされた気がした。
ほんの少しだけど。
家に帰ると花が咲いていた。
あの空と同じ色だった。
乾いた孤独に水やりをすれば私の心もこんな色に染まるだろうか。
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