『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(10)完
花屋「フローリスト スドウ」は、会社から徒歩 5分程の場所にある。
女性オーナーがお店に居て、仕事で花の贈答が必要な際に、社会のいろはをよく分かっていない私の相談に乗ってくれた。
仕事を終えた夜 8時でも、「フローリスト スドウ」は開いている。
お店の柔らかな光に吸い込まれるように、お店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。」と、
迎えてくれたのは、男の人の声だった。
オーナー以外にもう一人いる店員さんも女性のはずで、この店で低い声に迎えられるのは初めてのことだった。
低い声だけれど、優しい口調で、どこか温かくて、嫌な気はしない。
「あの、今日はオーナーはお留守ですか?」と聞くと、
彼は、「母は風邪をひいてしまって。今日は、僕がピンチヒッターなんです。」と言った。
オーナーに、息子がいるなんて知らなかった。
しかも、私と同じ年頃に見える。
確かに、落ち着いて見えるけど‥。
花の相談なんてできるのだろうか、
オフィス街で客のニーズに応えられるのかな、
なんて心の中で思っているのを見透かした様に、
彼は「しっかり勉強していますので、お任せくださいね。」と、柔らかく微笑んだ。
瞳が色素の薄い茶色をしていて、アキヒロくんを想起させる。
でも、アキヒロくんは、もっとニッと笑っていたっけ。
そんなことを思いながら、
私は、来週の友人のカフェの開店に合わせて花を贈りたいこと、予算等を彼に伝えた。
友人のカフェの開店祝いであれば、店内に飾ることのできる、華やかなフラワーアレンジメントや、プリザーブドフラワーが良いのではないか、と提案を受け、
私は、長い間楽しむことのできる、プリザーブドフラワーを贈ることにした。
赤い花は、火や赤字を連想する人もいるというアドバイスももらい、
茉侑の好きな黄色の花を選んだ。
彼が薦めてくれたプリザーブドフラワーは、
白い額の中に、黄色やオレンジの薔薇がいくつも咲いていて、
明るい性格の茉侑に、ぴったりだと思った。
配送伝票に、送り先と自分の住所や名前を書き込みながら、
「友人のカフェは、神奈川県のS市にオープンすので、もし行かれることがあれば、寄ってみてくださいね。自然もあって、良いところですよ。」と、ちゃっかり営業をする。
「S市ですか?懐かしいな。」
その声を聞いて、私は伝票から顔を上げた。
「僕も、中学生の時、少しだけ住んでました。S市の△町というところで。近くに森があって。」
私は、配送伝票の送り先に「S市△町‥」と書き込んでいた。
思わず、「どこの中学でしたか?」と聞く。
彼は、「中学 1年の夏まで、○○中学にいましたよ。」と答える。
私は、彼の瞳をまじまじと見つめる。
瞳の色、長い睫毛、二重、笑顔の感じ‥。
10年前の記憶を、一生懸命呼び起こす。
私よりだいぶ高い身長、低い声、がっしりとした腕。
とても記憶の中のアキヒロくんと一致しない。
でも‥‥。
「私も、△町の〇〇中学でした。中学 1年の夏休みに、自然公園で蝉の絵を描いていたの。」
そう言うと、私は書き終えた配送伝票を彼の方に向けた。
彼の視線が伝票を捉える。
視線が文字を追った後、彼の瞳が小さく揺れていた。
「テラシマ アカリさん?」
彼の視線が、確かめるように私に尋ねた。
私も、「秋庭章大くん?」と彼に聞いた。
彼は小さく頷き、目を細めて微笑んだ。
その瞳は、あの頃と変わらず、きらきらと輝いていた。
夏の終わり、都会の夜に蝉は鳴かない。
それでも、私の耳には、あの夏の蝉の歌が響いて、鳴り止まなかった。
(完)
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