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小説『クリスマスギフト』(#才の祭り 参加作品)

 今日から12月。今年もあとひと月で終わるなんて、実感が湧かない。
 街はクリスマスの準備をずいぶん前から始めていて、道の両脇に並ぶ裸の木立らも、無数の光の粒をヤドリギのように身に着けると、恋人たちが仲良く歩く姿を毎日静かに見守っている。
 昨年の冬、初めてこの光る並木道を見た時は、天使が舞い降りたような美しい光景だと感動したけれど、それは本当に最初だけで、毎日見ているとそのうち頭痛がしてきた。田舎育ちの私にとって、この街は明るすぎるのだ。東京の大学に来て、もう二度目の冬だというのに、私は中々見慣れることができない。

 ワンルームのアパートは、一人で住むにはちょうど良い大きさだけれど、冬になると真っ白な壁紙の先に、途方もない空間が広がっているような気がしてしまう。
 私は、大学もバイトも休みだというのに、どうにも外に出かける気が起こらなくて、夕食を自宅で簡単に済ませることにした。まとめ買いした冷凍うどんをひとつ冷凍庫から取り出すと、同じく冷凍しておいた刻み葱と、しめじやエノキ茸を割いてパックしておいたミックスキノコを取り出して、鍋にそれらを放り込む。あとは、鍋を一気に火にかけるだけだ。ぐつぐつと煮込んで、鍋の中身が全てくたっとなったら麺つゆで味付けし、最後に生卵を落としたら出来上がり。
 小さな丸いローテーブルにキッチンマットを敷いて、うどんの入った器をキッチンから運ぶと、湯気がやんわりと曲線を描いて、まるで私のダンスパートナーのように動きに合わせて優雅に舞った。
「私のパートナーは、自分で作ったありあわせのうどんか!」
 そんなツッコミを心の中ですると、無性に腹が立って来た。

「ごめん。今年のクリスマスは、そっちへ行けん」
 高校三年生の時から付き合い始めた同い年の透馬は、関西の地元の大学に通っている。私が遠く離れた東京の大学に進学することになっても、透馬は遠距離恋愛することを選んでくれた。
 この二年間、ゴールデンウィークや夏休み、そして、クリスマスには、必ず透馬は新幹線に乗って私の元に来ていた。しかし、大学二年のこの冬、その愛の習慣はとうとう潰えてしまった。
「クリスマスに会えんて、何なん……」
 そう呟くと、ふと知らない女性の影が頭に浮かぶ。私は、それを振り払うように、熱い湯気に息を吹きかけると、うどんを一気に啜った。

《ピンポーン》
「浅川さーん、宅急便でーす」
 呼び鈴が鳴った後、聞き覚えのある声がした。
 箸をおいて立ち上がり、玄関を開けると、いつもの宅配業者のお兄さんが段ボール箱を脇に抱えて立っていた。
「浅川さん、こんばんわー! ここに印鑑、お願いしますね」
「どうも。ありがとうございます……」
 誰からの荷物か分からないまま、判子を押して段ボール箱を受け取ると、宅配のお兄さんは、「じゃ、ありがとうございましたー!」と爽やかに挨拶をして、コンクリートの廊下を軽快に走っていった。

 段ボールは、B4サイズほどの大きさ、厚みが国語辞典ほどある。一体何だろう。
 ここで初めて送り状を見ると、送り主欄に「志水 透馬」と書かれていた。
 私は、急いで段ボール箱を開けようと、慎重に張られたガムテープを勢いよく引き剥がした。中に透馬が入っていないことは分かっているけれど、箱を開ければ、見えなくても透馬の気配に触れられる気がした。
「これは、本……?」
 段ボール箱の中には、分厚い本のようなものが入っていた。それは二つ折りになっていて、開くとクリスマスツリーのイラストと、数字の書かれた小さな引き出しがたくさん並んでいる。

 その時、携帯電話の呼び出し音が鳴った。
 透馬からの電話だ。
「もしもし、透馬? ちょうど今、荷物届いたけど……、これ何?」
「無事に着いて良かったわ。今年はクリスマスに会えんから、少し早いけどプレゼントや。泉、『アドベントカレンダー』って知っとるか? 12月1日から24日まで、毎日ひとつずつ引き出しを開けて、クリスマスを数えるんや」
「ああ、聞いたことあるわ。お菓子とか入っとるんよね。でも、会えんのに数えさせるなんて悪趣味やないの? これでも私……、寂しいんよ」
「泉、やけに素直やないか。こんな可愛いんやったら、これからも東京へ行かんとこうかな」
「あほ! もう知らん!」
 私は、そこで電話を突然切った。久しぶりの電話なのに、届いた箱の中にさえ透馬の気配を求めていたはずなのに、私の気持ちなど知らずに悪ふざけされたことに腹が立った。
 しかし、すぐに電話を切ってしまったことを後悔する。最近は、お互いに大学やバイトが忙しくて、連絡をしてもすれ違うことが多い。次に声を聞けるのが、いつになるか分からない。耳から消えそうな透馬の声を求めて、携帯電話のスイッチを入れたけれど、自分から怒って電話を切った手前、すぐにかけ直すことは悔しくてできなかった。
 
「今日は、12月1日。『1』の引き出しは開けていいんだよね?」
 透馬に電話をしようか、いや、できない、と頭の中で繰り返し、そわそわしていた気持ちを何度か深呼吸して落ち着かせてから、改めてアドベントカレンダーを開き、「1」と書かれた小さな赤い引き出しを指でつまんで開けた。
 中に入っていたのは、チョコレートが二粒。オレンジとブルーのきらきらした包装紙で、キャンディーのように包まれている。これは、リンツの「リンドールチョコレート」だ。
 懐かしい。まだ、私が同じクラスの透馬に恋していた頃、義理チョコを装って彼に渡した初めてのチョコレート。他の子の義理チョコとは差をつけたくて、きらきら輝いて見えたこのチョコレートを選んだっけ。
 一粒、包装紙から出して口に放り込むと、口の中で甘く優しい味が広がる。目を閉じると、少しの間だけれど、高校生の透馬に会えた気がして、私はさっきの電話で怒ったことなど頭から一瞬で吹き飛んでしまった。

 それから、毎朝、起きるとすぐにアドベントカレンダーの引き出しを開けるのが習慣になった。
 透馬からクリスマスは会えないと告げられてから、憂鬱でしかなかった冬の朝も、今は鳥の声も歌って聞こえるほどに、心はうきうきとスキップを踏んでいる。
 人間というのは不思議だ。一度、その中に甘く大好きなものが入っていると分かると、次に出てくるものを期待してしまう。「もしかしたら、もっと良いものが入っているのかも」なんて、期待はどんどん勝手に大きくなってしまうみたいだ。

 ここまでの引き出しには、私が高校生の時に好きだったお菓子がたくさん入っていた。「2」以降の引き出しからは、イチゴ味のチョコレート、ブドウ味のキャンディー、カラフルなマシュマロ、マーブルチョコレート、動物型のビスケットなどが次々に現れた。どれもコンビニエンスストアで買えるものだけれど、高校生の私が放課後に皆で分け合って食べるのが好きだったものだ。いつも集まる仲間の中に、透馬もいた。
 アドベントカレンダーの引き出しを1日1日と開けていくと、「12」の引き出しを過ぎた辺りから、受験生の頃によく食べていたお菓子に変わる。「18」の引き出しに、いきなりカロリーバーがぎゅうぎゅうに入っていた時には、思わず笑ってしまった。

 クリスマスイブの前日、「23」の引き出しには、思い出のキャンディーが入っていた。大学入試本番のあの日、試験の不安と徹夜をしてできた頑固なニキビに私が気を取られていると、透馬はビタミンCがたっぷり入ったレモンのキャンディーを買ってきてくれた。私は試験前にキャンディーを食べ損ね、試験後にそれを口に入れると、本当に、本当に酸っぱくて涙が出てきた。そんな私を見た透馬は、試験が出来なくて泣いていると勘違いして、試験の帰り道、受験生たちがたくさんいるにも関わらず、私を優しく抱き寄せて言ったのだ。「試験ができなくても、俺は離れんから安心せえよ」と。それは、透馬からの告白だった。

 引き出しに隠れた様々なお菓子が、楽しい思い出を私に思い起こさせ、寂しいと思っていたクリスマスイブも、サンタクロースを待つ子どものように迎えることができた。
 今日12月24日、いよいよ最後の引き出しを開ける。
 最後はどんなお菓子が入っているのだろう。わくわくしながらも、最後の引き出しを開けてしまえば夢が覚めてしまうような気がして、いつもよりも、ゆっくりと慎重に私は「24」の引き出しを開けた。
 すると……。
 そこには、お菓子はひとつも入っておらず、折りたたまれた紙切れがただ一枚入っていた。
「え? これだけ?」
 思わず拍子抜けして、四つに折りたたまれた白い紙を手に取り、決められた動作のように開く。
 私がその時目にしたのは、思いもしない言葉だった。


《─浅川 泉専用 指輪引換券─》


 私は、すぐさま携帯電話を手探りで探し出し、震える手で透馬の着信履歴から電話をかける。
 二回呼び出し音が鳴り終わったところで、透馬が電話に出た。
「おはようさん。泉、メリークリスマス!」
 いつもと変わらない透馬の明るい声。
 私も挨拶くらいはと声を出そうとしたけれど、思ったように声が出てくれない。
 私が何も言えずにいると、透馬が話し始めた。
「もう、今日の引き出し、開けたんやな。今年は、クリスマス当日に会いに行けんて、ごめんな。どうしても、クリスマスもバイトせな、買いたいもん買えんくて。泉、正月はちゃんとこっち帰って来いよ。やないと、バイト頑張った意味ないし、……それ、渡せんからな」
 私は、「ふん」と鼻息で返事したみたいな声が出た。恥ずかしくても、もうどうにもならなかった。勝手に目から涙が溢れて、息が止まりそうなくらい嬉しかったのだ。

「透馬、お正月は必ず帰るよ。私も、透馬にプレゼントがあるんよ」
 私が言いたかったその言葉は、また改めて言おうと思う。
 実は、クリスマス前に透馬に渡そうと用意していたものがある。それは、透馬が東京まで来るための新幹線の往復切符だ。
 透馬が東京に来られないと分かって、そのチケットはキャンセルしてしまったけれど、正月に会った時には手作りの「透馬専用 新幹線チケット引換券」をプレゼントしよう。
 あなたが、いつでも好きな時に、私の元に来られるように。
 私が、またすぐに、あなたに会えるように。

(完)

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(本文のみ4173字)

🌟PJさん主催の「才の祭り」小説部門に参加しています。とっても楽しそうで、盛り上がっているようです!! 何とか間に合い、ホッとしました( ღ´꒳`)ほっ

#才の祭り

#才の祭り小説

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