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短編小説『半透明な熱帯魚たち』 Ⅲ.陽花(Haruka)(2)

(2)

「皆、いつも番組を聴きに来てくれてありがとう。実はね、今日は皆に話があるの。昨日、『お悩み相談』企画をしたけど、実は私にも悩みがあるんだ。聞いてもらえるかな?」
 
 遠慮がちに話し出すと、リスナーから次々とコメントが届いた。
 
Nana「なに、なに? 全然聞くよ!」
Masa「もちろん! なんでも話して」
Riko「いつも相談聞いてもらってばっかだよね。Harukaの悩みも聞かせてー!」
 
「皆、ありがとう。今まで話さなかったんだけど、実はね、私にもすごく苦手なことがあるんだ。それはね……、『人前で字を書くこと』。毎日、こんなに色々話してて不思議に思うかもしれないけど、私、人に見られながら字を書こうとすると手が震えてしまって、字をうまく書くことができないんだ。言葉を文字でうまく伝えることができない。スマホがあれば要件を言うことに困ることは少ないけど、例えば、お世話になった先輩に色紙を書いたり、誰かに手紙を送りたいと思っても、字を見られるのがすごく恥ずかしくて書けなかったりするの。でもね、やっぱり自分の字で気持ちを伝えてみたいって、時々思ってしまうんだ」
 
Sho「いつも明るいHarukaにも、そんな悩みがあったんだな」
Kotaro「勇気出したな。Harukaえらいよ」
Nana「Harukaの知らなかったこと、教えてくれて嬉しいよ」
Masa「わかる! 人前ってめちゃめちゃ緊張するよな」
 
 イメージを壊してしまうかもしれないと打ち明けられなかった「字を書くことが怖い」ということ。今まで理解されないかもしれない、と話すことを恐れていたが、言葉にすると少し心がすっとした。話し終えた後、すぐにリスナーのいつもと変わらない様子のコメントがスマホの画面に流れると、緊張とともに涙腺も緩んでしまいそうだ。
少し遅れて、HizukiとSeinaのコメントが続いた。
 
Hizuki「そうなんだ……。全然知らなかった。Harukaは明るくて、コミュニケーションの悩みなんてないんだろうなって勝手に思ってたけど、そんな悩みがあったんだ」
Seina「気持ちを話せないのも苦しいけど、書きたい時に文字で伝えられないのも辛いよね。話してくれてありがとう」
 
 二人の名前を見つけて一度深呼吸をすると、再び話始める。
 
「Hizuki 、Seina、聞いて。私、二人と一緒にやりたいことがあるの。二人は話すことに苦手な気持ちがあって、私は書くことが苦手だと感じてる。苦手な場面はそれぞれ違っても、きっと『言葉で気持ちを伝えるのが怖い』って心のどこかで思っているのは一緒なんじゃないかと思うの。でね……、苦手なことが違うように得意なことも違うでしょう。だから、私たちで力を合わせれば、『言葉で気持ちを伝える』ということができるんじゃないかって思うんだ。私も声だけじゃなくて、文字で、文章で、ちゃんと気持ちを伝えてみたい。だから、私に二人の力を貸してくれないかな。それと同時に、私も二人の力になりたいの」
 
 数秒ほど空白の時間が流れた。
 
Hizuki「……別にHarukaが嫌いとかじゃなくて、『一緒に』って何をやんの? 私、Harukaみたいに話したりできないよ」
Seina「私もそう言ってもらえるのは嬉しいけど……、想像がつかないな」
 
「あのね、私と一緒に『作品』を作らない? 物語でも、詩でも、歌でも何でもいい。どんな形にするかは作りながら考えればいい。三人で、これまでの思いを言葉にするの。一緒に話そう。一緒に書こう。今までの不安や怖さを言葉にしよう。言葉にするって怖いけど、誰かに否定されるかもって思ってしまうけど、私と一緒に挑戦してもらえないかな。誰かに何か言われたら、私が守るから」
 
 思わず一気に話してしまった。二人のコメントも皆の反応も、スマートフォンの画面には暫く現れてこない。急に声に熱を込めて真面目に話し出し、引かれてしまっただろうか。
 
 それでも、今ここで話したことに後悔はない。
「話す」ことは、「手放す」ということだ。それは、陽花自身がラジオ配信を始めて強く感じたことだった。母に「女らしくない」となじられても、誰かに気持ちを声で伝えることができれば心が軽くなった。小学生の頃、田村先生が認めてくれた「声」が力になった。
 声に限らず、「話す」こと、言葉にすることは、恐怖や恥ずかしさに飲み込まれてしまいそうな時でも苦しい気持ちを少しずつ手放して、次に進む勇気に変えられるものだと思う。
 
 音楽に詳しいHizukiと、読書好きなSeina。
 彼女たちの心の中では、言葉や音で溢れているはずだ。彼女たちの中にある「思い」の色や形は違っても、話すことできっとその思いを分かち合えると思うのだ。
 
 
Hizuki「やだ」

 静けさを破るように現れたコメントに、心臓がドクッと跳ねた。

(Ⅲ.Haruka(3)へ、つづく)

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