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【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第十九話(Ⅵ 天使の呼び声)

Ⅵ 天使の呼び声

 六日目の午前四時。昨夜、月が垣間見えていたことが嘘のように、突然の土砂降りに見舞われた。
 セオは大事にしているプランターを地下のキッチンに避難し、寄せ植えした植物に問題がないかを入念に確認している。

「おはようございます」
 遠く雨音の聞こえる中、涼し気な声がして振り返ると、いつの間にかカインが立っていた。

「ああ、びっくりした。カインさん、こんな早くにどうしたんですか。まだ朝食には一時間以上早いですけど、何か用ですか?」
「用……。そうですね」
「何なんですか。もったいぶらずに教えてください」
 カインはいつものように微かな笑みを浮かべているが、どこか捉えどころがない表情に見える。セオはできるだけ「いつも通り」を装いながら、プランターを背中側に隠した。

「……セオさん。私は、お嬢様に呪いや例の『本』のことを打ち明けてはどうか、と考えています」
「え?」
「昨日、アメリアと話して思い直したのです。例え誰かにとってはそれが良いことに見えなくても、自分自身について知らないでいることが不幸せなこともある、と」
「何を言っているんですか! そんなこと、お嬢様も旦那様も望んではいませんよ」
 セオの声が僅かに震える。

「果たして、そうでしょうか。自分の運命について知ることで、お嬢様が歩むことのできる道もあるのではないでしょうか」
「絶対にダメです! 旦那様との約束を破るおつもりですか!」
 セオは珍しく苛立ちを見せ、左手のこぶしを壁に叩きつけた。

「旦那様との約束……。そうですね。ウェスト卿がこの島を離れる時に頂いた手紙には、この屋敷の執事として守るべき三か条が書かれていました。その中には、『本』に書いて起きた出来事をお嬢様に知られてはならないという一文がありましたね」
「そうですよ。旦那様の留守中に約束事を破るなんて、ありえないことです!」
 
「確かに、あの手紙が本当にウェスト卿の書いたものであれば、私は即刻クビになり、それだけでは済まされないでしょう。けれど、セオさん。私はこう考えているのです。あれは、誰かが封筒の中身だけをすり替えたのではないかと」
「はあ? 何を言ってるんですか。あれは、旦那様が着任されたばかりのあなたに向けて……」

「例えば、こんなことを検討してみるのはどうでしょう。『本』に書かかれた内容が実現することを、お嬢様に知られてしまうと困る人物がウェスト卿とは別にいる、という可能性についてです」
 カインはセオの言葉を遮り、目をそららさず話を切り出す。

「お嬢様は眠ると『本』に何を書いたのか、どんな物語を考えていたのかを忘れてしまう。『本』の中身がいつも白紙であることを考えると、おそらく書かれた文字も一定の時間が経つと消え、後から何を書いたかを確認することも難しくなるのでしょう。しかし、もしお嬢様が『本』の秘密を知ったとしたら。お嬢様は『本』に書いたことを別の用紙に控えておき、現実に起きたことと照合しようとするかもしれません。そうなると、お嬢様以外に『本』に書き込んだ者がいる場合、その人物にとっては厄介なことになるわけです」

「カインさん……。もしかして、またオイラに変な疑いをかけているんですか? 言ったじゃないですか。カインさんの様子を見ていたのは、お嬢様を心配しているからだって」
 静かな声でそう言うと、セオはカインを睨みつけた。

「ええ、一度はそう納得しました。けれど、私は不可思議な出来事に『差』があることを疑問に思っていたのです。二日目は、致死量の毒入りスープ。三日目は、空飛ぶ鉄槍と落雷。四日目は庭から湧いた蛇。五日目は、私とアメリアは謎の部屋に閉じ込められ、天井に圧し潰されるところでした。振り返ると、二日目と三日目、そして五日目の出来事に比べて、四日目の出来事は私にとってはお遊びのようなもの。なぜなら、あの日現れた蛇はアオダイショウやシマヘビ、全て毒のない蛇だったのですから。これは、あまりにも不自然なことではないでしょうか」

「蛇を遊びと言える感覚はよく分からないですけど、でも、五日目の昨日も、お嬢様がカインさんの後を追って『本』に書き込んでいたのを知っているでしょう? 目の前で起きてたことと、その場にいなかったオイラを勝手に結び付けないでくださいよ」

「セオさんの仰る通り、昨日、お嬢様が私とアメリアの登場する物語を書いていたことは事実でしょう。しかし、それはあくまでも『想像の中で』私たちの仕事を邪魔していただけなのではないでしょうか。お嬢様は怒りを態度で示す方です。相手に言葉で伝えることに慣れていないため、感情のまま睨みつけたり、花を投げつけたりするのです。そんな方が果たして、私たちをタイミングよく罠におとしいれるような緻密な計画を、その場の思いつきで書くようなことをなさるでしょうか。おそらく、あの場で書かれていたのは、アメリアの『飛びつきそうなもの』が現れて、私たちの気が散るようなストーリー程度のもの。まさか、それで現れたものが『ウェスト卿の肖像画』だとはご本人も思いもしなかったでしょうが」

 カインが話し終えると、セオは大きな溜息をつく。
「もお、ほんとに変な妄想ばっかり嫌だなあ。お嬢様は思いつきで書かれているんだから、そりゃあ、日によって程度の違いがあるのが当然のことでしょう? それに、最初にあなたがお嬢様の『本』を覗いた時、オイラが毒草を食べて苦しむことになっていたはずです。あなた方がやって来たから、物語の主人公がオイラからあなた方に変わっただけ。それだけのことじゃないですか」

「そうですね。その可能性もあるかもしれません。けれど昨日、目の前でアメリアが階段から落ちた時、お嬢様は叫んだのです。普段からミステリーやホラー小説を好み、植物図鑑で毒のある花を調べて死を妄想していても、お嬢様は目の前で生きている人間を、たとえそれが想像上であっても、命の危険に晒すような真似はできないのではないか、と私は考えています。もし、『階段が突如崩れる』という内容をお嬢様が書かれていたならば、それこそあの方は目の前で起きたことを『ただの偶然』では済ませないでしょう。ウェスト卿の『約束事』を破ることにもなりかねない事態を、あなたが放置しているというのも不可解です」
 
「そんなの、ただの『こじつけ』ですよ。じゃあ、なんでオイラだけ? 話が矛盾するじゃないですか」

「いいえ、矛盾はしません。なぜなら……、あなたは本来、この世に存在するはずのない人間なのですから」
 カインの前髪が揺れると、その下で銀灰色の瞳が光った。


(第二十話へ続く)


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