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【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第十四話

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【舞台『オズの魔法使い』出演者】
 ※()は学年または所属。

 ドロシー 本村 美憂(一年)
 かかし  鈴巻 明依(一年) 
 ライオン 柳 梨花(二年)
 ブリキの木こり 檜崎クララ(一年)
 おばさん 川瀬 奈那(一年)
 おじさん 箕田 彩華(二年)
 
 マンチキンたち 中等部の生徒たち(有志)
 兵士たち    高等部の生徒たち(有志)
 
 東の悪い魔女 安見 響子(中等部教員)
 北の良い魔女 荒井 沙希穂(三年・生徒会)
 西の悪い魔女 清水 かな恵(二年)
 南の良い魔女 宮島 政子(高等部教員)

 オズ 三津島 薫(三年・生徒会)

【運営】
 生徒会

【運営補助】
 一年生・二年生有志
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 夏休みの初日、舞台『オズの魔法使い』に関わる生徒及び教師たち、そして、生徒会のメンバーが視聴覚室で「顔合わせ」をすることとなった。
 薫に指名され、最初に自己紹介をすると、ドロシー役が「外部生」ということを聞いた途端、案の定、生徒たちはこの間のさくらと同じような顔をして一斉にこちらを見る。
 唯一、他の生徒たちと違う表情をしていたのは、檜崎クララだ。切れ長の目を刮目しながら、恐ろしい形相で美憂を睨み、瞼の奥に隠れた小さな瞳で嫉妬にも似た激しい炎を燃やしていた。
 あまりの恐ろしさに一瞬凍り付いたが、進行役の薫から「美憂さん、自己紹介をありがとう」と声を掛けられると、ようやくクララから視線を外すことができた。
 この日、関係者全員に台本が渡され、昨年の舞台『オズの魔法使い』を収めたビデオを鑑賞する時間が設けられた。ただのビデオ鑑賞ではあるが、学院で数えられるほどしか存在しないテレビ画面に、生徒たちは「早く、早く」と胸を躍らせている。
『オズの魔法使い』は、ライマン・フランク・ボームの記した有名な童話物語だ。一九三九年にはアメリカで映画化されており、美憂も小学生の時に一度だけ観たことがあった。
 あらすじは、このようなものだ。
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 ある日、少女ドロシーは家ごと竜巻に巻き込まれ、愛犬トトと一緒に「オズの国」という不思議な国に飛ばされてしまう。すると、飛ばされた家はたまたま、マンチキンたちを虐げる「東の悪い魔女」の上に着地し、魔女を殺してしまう。そこに現れた「北の良い魔女」は、悪い魔女の履いていた「銀の靴」をドロシーに履かせ、家に帰るためにエメラルドシティにいる大魔法使いのオズに会うよう告げる。
 旅の途中、ドロシーは脳が欲しい「かかし」、心の欲しい「ブリキの木こり」、勇気がほしい「ライオン」に出会い、共にエメラルドシティを目指す。
 ところが、旅の途中では「銀の靴」を狙う「西の悪い魔女」による多くの試練がドロシーたちを襲う。ドロシーたちはカラスや蜂、兵士たちと戦いながら、最後にはバケツの水をかけて西の悪い魔女を退治することに成功する。
 長い旅の末、エメラルドシティに辿り着いたドロシーたち。かかし、ブリキの木こり、ライオンは、それぞれ欲しかったものを「オズ」から贈られる。しかし、大魔法使いと呼ばれたオズが、実はただの人間の詐欺師であったことが発覚する。オズは気球でドロシーを家に送り届ける約束をするが、気球が飛び立つというその時、ドロシーは気球に乗ることができずに取り残されてしまう。
 その後、「『南の良い魔女』が家に帰らせてくれるかもしれない」という話を聞き、ドロシーたちは再び旅に出る。仲間の活躍で南の魔女に会うことができたドロシーは、自らが履く「銀の靴」が望みの場所へ連れて行ってくれると知る。魔女に教わったように、かかとを三回合わせて「家に帰りたい」と願うドロシー。ドロシーはトトと共に、無事におじさんとおばさんの待つ家に帰ることができ、「おうちに帰れて、ほんとうによかった!」と喜ぶのだった。
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 あらすじは概ね知っていたものの、実際に舞台でやるとなると、中々のボリュームだ。原作小説からストーリーは簡略化されているものの、計三幕、三時間の上演は演劇初心者がやり遂げられるものとは到底思えなかった。内進生であれば毎年観ているだろうに、なぜ自分が選ばれたのか。薫ら生徒会の意図がますます理解できない。
「胃が痛い……」
 昨年の上演ビデオを観終えた頃から、突然みぞおち辺りが痛み出し、「顔合わせの会」が終わってもすぐに席から立ち上がることができなかった。帰っていく人たちの波に紛れて、クララとそのすぐ後に続く奈那が椅子の脚に連続で蹴りを入れていったが、それに反応する気すら起きない。
「美憂さん、大丈夫よ。台詞も演出も、毎年同じで変わりがないの。ビデオで見た通りにすればいいわ。私も一昨年、『ドロシー』を演じたの。力を貸すから、一緒に頑張りましょう」
 薫の言葉を聞いて、「それじゃあ、今ビデオに映っていた去年のドロシーは、どこに行ったのだろう?」と脳裏を過ったが、側に来てくれた薫に手を握られると、そんなことはどうでもよくなってしまった。憧れの人がこんなに近くにいるのが夢のようで、胃の痛みさえどこかに飛んで行ってしまう。
 しかし、それは彼女がいる間だけのことだった。生徒会メンバーと共に薫が教室を後にすると、すぐにまた胃がしくしく痛み出し、背中を丸めて机に突っ伏した。
「「私には無理だ……」」
 その時、隣の席の人物と声が重なった。
 左側に顔を向けると、髪をふたつに束ねた眼鏡をかけた少女が気まずそうにこちらを見ている。白雪よりも少しふくよかだが、どことなく雰囲気が彼女に似ている。
「あ……、ごめんなさい……」
 その人物は、午後四時を知らせる鐘の音に消し去られるほど小さな声で呟いた。
「えっと、鈴巻明依さん、だよね」
「えっ、そうですけど……。私、かかし役で……」
 どうやら明依はひどい人見知りで、初めて会う人間と目を合わせて話すことが苦手なようだ。美憂はこの日の目的を思い出し、下腹部に力をいれて上体を起こすと、顔と身体を彼女の方にきちんと向けてから、改めて自己紹介をした。
「明依さん、はじめまして。私、本村美憂。白雪と同じ『イリス』クラスで、白雪とは友達なの」
「白雪さんの……? 私、私は、白雪さんのルームメイトで……」
「うん、知ってる。私、あなたと話がしたかったの。もしよかったら、この後、少しお話できないかな」
「え?」
「さっき、『私には無理だ』って一緒に言ってたでしょ? 愚痴でも言いながら、中庭で話そうよ。ねっ」
「え、う、うん……」
 美憂の悪意のない笑顔につられて、明依は思わずうなずいてしまった。


(つづく)


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