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【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第一話(創作大賞2023・ミステリー小説部門応募作品)

《あらすじ》
 中学二年の秋、美憂は不思議な美少女・薫に出会う。薫に憧れ、名門・私立クレール女学院高等学校に入学した美憂だが、令嬢ばかりの学校でできた友達は、同じ外部生の友梨とクラスメイトの白雪のふたりだけだ。
 ある日、白雪が誰かにいじめられていることに気づいた美憂と友梨は、いじめている相手のことを調べる過程で不思議な話を耳にする。
──この学院では毎年、誰かがいなくなっている、と。
 その翌日、ひとりの少女が突然姿を消した。
 やがて、美憂は友梨とともに、この学院の知られざる闇に巻き込まれていく。

※この小説は、創作大賞2023「ミステリー小説部門」応募作品です。

(本文・第一話)



 春。春。待ちに待った、春。
 早めに開花した桜が散り始め、空から降り注いで来る様は、いよいよ入学式を迎えた少女たちを祝福しているようだ。私立クレール女学院高等学校の校門をくぐり、高校一年生となった本村美憂の心は浮き立っている。
 新しい制服、新しい靴、新しい学生鞄。私立クレール女学院高等学校の正装に身を包むと、まるで生まれ変わった心地がした。一歩踏み出すごとにワンピースのスカートがふわりとなびいて、紺色の滑らかな生地が優しく膝を撫でる。襟元と袖口に施された繊細なレース刺繍は、太陽の光を受けて眩しい白さを増した。
 入学式の行われる講堂に向かう途中、人気がないことを確認すると、ガラス戸に自分の姿を映して「くるり」とその場でターンする。中学卒業と同時に肩で切りそろえたボブの髪はさらりと揺れ、両足にぴったりと沿う漆黒のエナメル靴はそれが自分のためにあつらえられたものだと教えてくれた。
「何してるの?」
 突然の声に驚いて振り向くと、同じ年頃の少女が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「わ、びっくりした! 誰もいないと思ってたのに」
「びっくりしたのはこっちだよ。制服着て浮かれてる子なんて、ここじゃ珍しいもん。ほとんどが幼稚舎からの内部生でしょ。あなた、外部の中学から入ってきたの?」
「そう、高校から入学。……もしかして、あなたも?」
 少女の身に着ける自分と同じ真新しい制服を見て、そう尋ねる。
「うん。中学まで公立学校だったけど、思い切って受験してみたんだ。お嬢様学校ですごく有名でしょ。だけど、普通の子がいてくれて安心した」
 少女は栗色の少しカールしたポニーテールを揺らすと、「私、岡崎友梨ゆうりっていうの。よろしくね」と言って、ころころと可愛らしい声で笑いながら、そばかすの愛嬌のある笑顔を向けた。
「私は、本村美憂。こちらこそよろしくね」
 こんなにも上質な制服に身を包んでも「普通の子」と言われることが少し残念だったが、友梨の無邪気な笑顔を見ていると少しだけほっとする。この学校に入学できたことが嬉しい反面、これから始まる初めての寮生活に不安もあったのだが、内部生ばかりのこの学校で話が合いそうな子に出会えたことは素直に嬉しい。
「美憂ちゃん、入学式始まっちゃうよ。早く講堂に行こ!」
 友梨は美憂の手を取ると、軽やかに走り出し、階段を駆け上っていく。足に吸い付くように作られた靴は、かかとから羽根を生やしたようにふたりの身体を軽くして、景色は川のように素早く流れてゆく。美憂は、くるくると舞い落ちる桜の花びらのように心を躍らせて、「これからの高校生活は楽しいものに違いない」と明るい未来だけを見ていた。
 しかし、講堂に入った瞬間、その朗らかな気分はすぐに打ち砕かれる。
「新入生、遅い! 私語は謹んで、早く自分のクラスの席に座りなさい!」
 鋭い声の主は、「生徒会」の腕章を付けた上級生の生徒である。講堂では、メインホールの一階部分に新入用の椅子が七つのブロックに分かれてまっすぐ列で並べられており、メインホールを取り囲むように設けられた二階席と三階席には、上級生たちが蝋人形のような顔をして静かに座っていた。メインホールに続々と入場する新入生に指示を出しているのは生徒会の役員たちであり、入口と左右の壁際のそれぞれに四人が立って、ホールの隅々にまで目を光らせている。
「生徒会」の腕章を見つけた美憂はきょろきょろと目を泳がせ始める。友梨は、上級生の視線を感じ、すぐに美憂の制服の袖をひっぱって新入生の席へと連れて行った。
「美憂ちゃん、何してんの? よそ見していると、また先輩に怒られるよ。クラス、どこ? 私は『イリス』」
「あ、私も一緒」
「本当? ラッキー、やった!」
 美憂と友梨は、椅子の背もたれに『イリス』と書かれた紙が貼付されている列に並んで座る。
 それから間もなく入学式が始まると、司会役の生徒の紹介で年配女性の学院長、そして理事長が順に祝辞を述べた。しかし、美憂にとっては、どれも退屈な話に思えてならない。今日という日は、入学式のためにある日ではない。「あの人」に会える、特別な日なのだ。
「……では次に、生徒会長より新入生の皆様にご挨拶があります」
 司会者に呼ばれた人物は、壇上脇から一段ずつ丁寧に階段を登っていく。その人の細く滑らかな肢体は強風に晒されれば折れてしまいそうなほど華奢であるが、すっと伸びた背筋からは彼女の気丈さが伝わってくるようだ。小さな卵型の端正な顔に収まる大きな瞳は弱気な言葉など知らぬように凛として、腰まである長い黒髪には正義の光を宿している。彼女が壇上のマイクの前に立つと、美憂は胸の高まりとともに手が汗で湿っていくのを感じた。
「新入生の皆様、この度はご入学おめでとうございます。生徒会長の三津島薫です。高等部では、本日のような式典も、秋に行われる演劇祭なども、生徒主体で進めています。これまでとは違い、授業の進め方についても、学院での過ごし方についても、皆さんの意見が尊重されます。中等部を経て、皆さんが一層取り組みたいことを見つけていたならば、私たちは皆さんの叶えたい夢、目標を全力で応援します。皆さんひとりひとりが自律し、責任を持ち、そして行動することで、三年間の高校生活を充実したものとすることができるのです。皆さんは本日から、私たちの大切な友人であり、仲間です。私たちと一緒に、素晴らしい学院を創っていきましょう!」
 山の湧き水のように澄んだ薫の声が講堂に響き渡ると、一斉に拍手が沸き起こる。美憂も両方の手のひらを痺れるほど打ち付けて、彼女に称賛を送った。
 聡明な彼女の姿を再び見ることが叶ったのだと、心の底から喜びが湧いてくる。初めて会ったあの日も、彼女は強く美しく輝いていた。

(つづく)


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