見出し画像

【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第七話

「美憂。白雪って、やっぱいじめられてるんじゃないかな」
 クレール女学院高等学校女子寮のひとつ、「アルエット寮」の同室でもある美憂と友梨は、ルームウェアに着替え、夜十時までの自習時間を使って家族に向けた手紙を書いていた。ふと筆を止めた友梨は、今日の午前中の出来事を思い返しながら美憂に話を振ってみる。
「友梨もそう思った? 私もそう思う。でも、白雪は聞いても何も言わないし……、誰にいじめられてるのかな。白雪ってクラスに元々仲の良い子もいないけど、だからって無視されたりもしてないよね」
「ね、これ見て」
 友梨は下駄箱で拾い集めておいた紙切れを、手紙を書き終えた美憂に見せる。
「なに? 何の紙?」
「これね、今日、白雪の足元に落ちてた紙。気になったから拾っておいたんだ。こうやって並び替えると……、ほら。『外出希望届』の用紙だよ。白雪の名前で、外出希望が五月八日、昨日の日付になってる」
 友梨は繋げた紙の上から文字をひとつずつ指でなぞって説明した。
「本当だ。でも、この学校ってほとんど外出なんて許してもらえないはずだよね。こうやって家に手紙を書いて、必要なものを送ってもらわないといけないくらいだし。それに確か、白雪、先月にも外出したばっかりじゃなかった?」
「そのはず。しかも、先月も『八日』にね。で、ここ、『目的欄』を見て。『本の購入のため』ってなってるでしょ」
「本って……。参考書ならだいたい学内で揃うし、家に頼んで送ってもらうこともできるはずだよね。そのために貴重な外出の一日を使う? そんなに急ぎだったのかな」
「ちょっと不自然でしょ。でね、絶対ただの『本』じゃないと思ったんだ。きっとその本は、学校でも買えず、家に頼んでも検査に引っ掛かって学校内に持ち込めないもの。で、更に女子高生が好きそうなもの」
「……え、まさか、それって雑誌?」
 美憂は思わず声が大きくなる。
「そうじゃないかなって。でね、この日発売のものを思い出してみたら、ひとつあった。『Stars』っていう男性アイドル雑誌」
「アイドル雑誌⁉ 白雪が? 全然イメージ湧かないし、ファッション誌の話さえ白雪の口から聞いたことないよ!」
「ちなみに女子高生向けファッション誌の発売日は十日。だから、八日に外出するなんてありえない」
「じゃあ……」
「うん、誰かに頼まれたんだと思う。でね、ふた月も連続で買いに行かせてる人物が、たぶん白雪をいじめてるやつ」
 友梨は破れた「外出希望届」の上で人差し指を二度跳ねた。
「すごいね、友梨。こんな紙切れからそこまで。探偵みたい」
 美憂は、活発な印象の友梨の意外な一面に感心する。
「あはは、そんな大げさなものじゃないよ。それとね、それが誰だか当たりもつけておいた」
「え⁉」
「この孤島並みに社会から隔離された超お嬢様学校で、アイドルの情報が手に入って、しかも現在進行形ではまってる人間なんて、そうそういないでしょ」
「……確かに」
 確かに友梨の言う通りだ。学校からの出ることもそうそう叶わず、山中にあるこの場所から町に出るには車を四十分も走らせなくてはならない。寮の中にはテレビさえなく、外部の情報を知るためには、図書館に常設されている各新聞社の新聞、経済誌、専門学術誌などを見に行くか、検索制限のあるパソコンで自ら調べるしかない。アイドルや芸能の情報など、生徒が接する機会などほとんど存在しないのだ。そういった情報が手に入るのは、自宅からの荷物検査をパスできる寄付金上位の家の娘に違いないと、友梨は言った。
「でね、クラスの子に聞いてみたら、教えてくれたんだよね。アイドル好きで、中等部の時から白雪を何かとパシリにしてた奴のこと。『檜崎クララ』っていうんだって」
「え? いつの間に⁉ っていうか、クラスの子なんて、私たちのこと毛嫌いして近づきさえしないのに、どうやって?」
「そんなの簡単だよ。『プリクラ』っていうのが出来たんだって、中学の卒業式の日に友達と撮ったのを見せたら、興味津々で何人か寄ってきたよ。今度ルーズソックスあげるって約束したら、結構話してくれたんだよね。入学の時、荷物の下着にいくつか俗の品を紛れ込ませておいて正解だった」
「わ、わいろ……!」
 風呂を上がったばかりの友梨の髪は、普段より一層くるくると渦を巻いてウェーブパーマをかけたようだ。彼女が笑うと、そばかすと白い歯が相まって、アメリカのトウモロコシ畑の真ん中で麦わら帽子を被っている少年のような、そんな純朴な明るさを印象付ける。しかし、その実は密売人のごとく禁忌の品を仕入れ、手早く相手と取引をするやり手の情報屋だったとは……! 美憂は、あんぐりと開けた口がふさがらない。
「でね、明日、その檜崎クララっていう子のことを……。って、美憂。お母さんに書いた手紙って、それだけ?」
 友梨は、美憂の手紙が便箋の半分も埋まっていないことに気づいて覗き込む。
「……うん。まだ入学してひと月だし、そんなに足りないものもないの。うちのママ、仕事で忙しいから負担かけたくないし」
「そっか。美憂は優しいね」
 友梨にそう言われ、胸の奥が少し痛んだ。母の希望と一致したとは言え、美憂は母から離れ、自分のやりたいことを諦めないためにここに来た。絵画のことを学び、そして、パリに住む父に会うために、そのための近道となるこの学校を選んだ。そのために頼るべきは、母ではなく、三ツ島薫という少女であると信じた。
 必要な日用品の依頼と「元気に過ごしています」という一言を添えた手紙は、不足のないものだと思う。娘の世話から解放された母にとっても、これくらいがちょうどよい。きっと、この学院に入学できたことが、母にとっては子育てのゴールであるはずだ。子から解放された母を再び煩わせるつもりも、何かしらの恩を着せられるつもりも、今の美憂にはさらさらなかった。


(つづく)


🍀🐝第一話は、こちらから↓

#創作大賞2023

いつも応援ありがとうございます🌸 いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。 現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。 ☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。