『茜空に待っているのは君のこと。』(4)完
あの夏から10年経って、あの時の少女に再会するなんて、思ってもみなかった。
再会したあの日から、僕が店の手伝いに入るようになった水曜日、
会社帰りの朱莉が店にやって来る。
というよりは、僕が彼女に会いたくて、母に店のシフトに入れてくれと頼んだのだから、僕の方がやって来ているのかもしれない。
風が少し涼しくなった頃、秋桜(コスモス)の切り花が店に並んでいた。
それを見た朱莉は、僕が中学を転校した後も、暫くの間、僕を探していたことを語った。
始業式の日、校舎の下駄箱で待っていたこと、
二人が出会った場所に何度も行ったこと、
同級生から情報を集め、「秋庭 章大」という名前を知ったこと。
探すのを諦めなければならなかった頃、秋桜が咲いていたこと。
あの頃の僕達には、どうすることもできないことだったけれど、
あの街で自分を探してくれていた同級生がいたことがとても嬉しくて、僕は「ありがとう。」と伝えた。
当時は連絡先を知らせる人もいなかったから、「友達、作っておけばよかった。」と言うと、
「ホントだよ。」と、朱莉は眉を下げて笑った。
実を言うと、引っ越した後も、何度かあの街に行くことがあった。
母は、好きなときに父に会えばいいと言ってくれたので、時々、妹を連れて父宅に行っていたのだ。
そして、あの場所にも行った。
あの少女に会えるとは思っていなかったけれど、コンビニエンスストアで買った肉まんを食べる間だけ、自然公園のあのベンチに座っていた。
夏の間、あれだけ鳴いていた蝉の声も全く聞こえなくなっていて、クヌギの木の根元あたりに立てられたアイスの棒が、蝉のお墓のようだった。
でも、このことを朱莉には話まださないでおこうと思う。
彼女は一生懸命探したけれど、あの時はどうしたって会えなかった。
あの時の彼女の努力がきっと報われて、こうしてまた会えた。
今はそれでいい。
今日は、水曜日。
僕は一人で「フローリスト スドウ」の店番をしている。
秋の夕暮れ時の空の色は、オフィスビルでさえも朱く染める。
扉を開け、店の外に一歩出ると、オフィスビルの間に見える狭い空が茜色に染まっていた。
「章大くーん!」
僕の名前を呼ぶ主は、通りすがりの人々の視線も気にもせず、笑顔でこちらに向かって手を振る。
僕も手を振って、彼女に応えた。
僕は今日、君に贈りたい花があるんだ。
切り花だけれど、今日入荷した華やかな桃色の花。
ダイヤモンドリリー。
花言葉の一つに、幸せな思い出という意味がある。
日の光に当たると、花弁がキラキラと輝く。
スケッチブックに向かうあの頃の瞳のように、
僕に笑いかけるその笑顔のように。
この茜色の空が花弁に映れば、きっと君にふさわしい花になると思うんだ。
(完)
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