【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第十三話
この学院に入ってすぐに分かったことがある。それは、薫が学院の生徒の中でも「格別」ということだ。入学する前は、彼女と同じ学校に入りさえすれば、学年は違っていても自由に話せると思っていたのだが、生徒会長の彼女は、ただの一生徒が気軽に話しかけられるような存在ではなかった。
生徒会は、何もかもが「特別」だった。生徒会メンバーは全員が金刺繍の校章を左胸に持ち、寮も教室も他の生徒とは区別され、「ランテルヌ塔」と呼ばれる独立した建物で日々を過ごしている。生徒会を構成するメンバーの学年は本来ばらばらであるが、「ひとつのクラス」として認められているため、他の生徒と授業に参加することも、食堂で食事を共にすることもない。他の生徒たちが唯一彼女たちに会えるのは、入学式や卒業式、全体朝礼などの特別な時だけで、生徒会長である薫については、壇上にいる彼女の姿を遠くから眺めることができるだけだ。一般の生徒が話かけるチャンスなど皆無に等しかった。
一年半前、街中のファッションビルで偶然に彼女と出会い、ベンチに座って言葉を交わしていたことが夢のようだ。白雪が姿を消したことをまず相談したかった相手は薫であったが、この環境がそれを許してはくれなかった。
ところが、友梨が停学処分を受けたその翌日、思いもよらない事態が起きた。三津島薫をはじめとする生徒会メンバーが、美憂のクラスに突然現れたのだ。
「きゃあああ!」
普段は互いのことに干渉せず、目線も合わさずに小さく微笑み合うだけのクラスメイトたちが、この時ばかりは黄色い悲鳴を上げた。
薫たちは、真っ直ぐこちらに向かってくる。
「お久しぶりね。美憂さん」
名前を呼ぶ彼女は、夏だというのに相変わらずラトゥールの絵画のような白い肌をして、以前よりも更に伸びた黒髪が玲瓏たる美しさを漂わせていた。
「薫さん……」
名前を呼ばれた時に胸に込み上げてきたものは、喜びなのか、嬉しさなのか、切なさなのか。続く言葉が声にならない。感情が溢れて言葉が出てこないという初めての経験だった。
「薫さま。生徒会の皆さまが、こんな場所までいかがなさいましたか。何か失礼がございましたでしょうか」
ちゃんと返事をしない美憂を見かねて、さくらが薫に声を掛けた。
「いいえ、そういうことではないのよ。今日は大切な用があって来たの」
薫は、深い紫色の果実のような瞳を少しだけ潰して、ふわりと微笑む。
「美憂さん、おめでとう。今年の『ドロシー』に、あなたが選ばれたわ。夏休みから、一緒に劇のお稽古を頑張りましょうね」
薫のその言葉を合図に、薫のすぐ後ろに立っていた背の高いショートカットの生徒会メンバーが教室の隅まで響く大きな拍手をした。すると、それに続くようにクラスメイトたちもぱらぱらと拍手をし始める。
「ドロシー? 何のこと?」と、さくらに視線を向けると、「信じられない」と言った様子で目を見開いたままこちらを見返していた。
用事を終えた薫と生徒会メンバーが教室から去ると、さくらが「ドロシー」について教えてくれた。「ドロシー」とは、秋に行われる「演劇祭」で毎年披露される、舞台『オズの魔法使い』の主人公のことで、生徒会によって選ばれる出演者の中でも「次期生徒会長候補」とも言われる「ドロシー」役は特に重要な役なのだという。
「な、なんで、私……⁉」
「知らないわ! 外部生が選ばれるなんて、聞いたことないもの。薫さまたちは、一体どういうつもりなのかしら……」
さくらと口をきくのは、実に二か月ぶりだった。保身を貫く彼女が、美憂たちを避けていたことをすっかり忘れてしまうほど、それは大きなニュースであったのだ。
こうして、美憂は「演劇祭」の出演者、しかも「主役」として、夏休み以降、薫たち生徒会と共に舞台『オズの魔法使い』の稽古に携わることとなった。
今年の夏休みは、来年の夏にパリに行くため、通常の必要課題と不足単位を補うための「ドイツ語」と「礼法」のレポート制作に時間を割くはずだった。それに加えて芝居の主役という重要任務を負うこととなり、これから先の四十日間を想像すると眩暈がする。
それでも断らなかったのは、今回の舞台に参加すれば単位が取得できるというメリットがあったこと、そして、やっと会うことのできた薫の役に立ちたかったからだ。
それに、『オズの魔法使い』には、白雪に関わりのある人物が何人か配役されている。この機会を逃すわけにはいかない。
(つづく)
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