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『星屑の森』―AKIRA―(6)

「悪夢を見るのは、大抵、過去に怖いと思った記憶が、時々悪さをするからよ」

お姉ちゃんは、悪夢を見る理由をそう語る。
それは、本人が忘れたつもりでも、『記憶の樹』にはちゃんと残っているんだって。

菜佳の『記憶の樹』は、3m程の高さがあった。
幹は私の両腕で抱えられそうな位で、そんなに太さはないけれど、まっすぐ靭(しな)やかだ。
表皮は傷もなく滑らかで、数本の太い枝から幾つもの細い枝が伸びている。
小さな葉が空を埋める様に茂っていて、ブナの木に似ている。

木の葉が、風もないのにサワサワと音を立てて揺れて、菜佳の『記憶の樹』は、とても美しい。

「こんな綺麗な木の、どこに悪夢の原因があるの?」

そう言いながら、私が『記憶の樹』に触れようとすると、お姉ちゃんが私の手を掴んで止めた。

――そうだった。
『記憶の樹』は、その人の歴史そのものだ。
触れれば、容易にその人の全てが見えてしまう。
「他人の記憶を覗いた人間は、全てを知ることと同時に、思わぬ重荷を背負わなくてはならなくなることがある」
私にそう話した時のお姉ちゃんの眼は、とても真剣だった。

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

私が謝ると、お姉ちゃんは私の頭を優しく2回撫でて、「いいのよ」と微笑んだ。

「愛、危ないから少し下がってて」

お姉ちゃんにそう言われて、私は大きく3歩ほど後に下がった。


私が距離を取ったことを確認すると、お姉ちゃんは目を閉じて、菜佳の『記憶の樹』の幹に両手を当てる。

すると、それまでサワサワと心地よい音を奏でていた枝葉が、ザワザワと大きく動き出した。
『記憶の樹』は、生き物なんだ。
他人に触れられれば、全身でそれを拒もうとする。

そんな時、お姉ちゃんは、いつも心の中で『記憶の樹』に話しかけるんだって。

「お前を傷つけるつもりはないよ。今のお前が取り除いて欲しいものを、教えておくれ」
と。

そうすると、『記憶の樹』も分かってくれるんだと、お姉ちゃんは言っていた。

菜佳の『記憶の樹』は、触るなと言わんばかりに枝葉を大きくうねらせながら、風を巻き起こす。
お姉ちゃんは、その風にも怯(ひる)まず、栗色の髪を靡(なび)かせながら、変わらず両手を幹に当て、何かを祈っていた。

そんな光景が、何分ほど続いただろうか。
『記憶の樹』は、段々と動きが大人しくなり、元のサワサワという状態に戻った。
そして突然、身体の全てから眩しい光を放った。

私は、強い光に目が眩(くら)む。
その瞬間、私は、お姉ちゃんの背後に黒い影が生まれるのを見た。

(つづく)

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