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連載小説「はつこひ」(全18話)

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蝶子の店には、今日も田中様がネイルにやって来る。娘のカイヤさんの誕生日に青色のネイルをプレゼントすると、彼女の腕の表面に痛みをみつけて……。(2023年12月~2024年4月)
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記事一覧

【連載小説】はつこひ 第一話

 店の扉が開き、「チリン、チリン」とベルが鳴る。 「いらっしゃいませ」 「蝶子さん、こん…

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【連載小説】はつこひ 第二話

 次の週の火曜日、田中様がお嬢様を連れて店にいらした。 「いらっしゃいませ、田中様。お待…

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【連載小説】はつこひ 第三話

「あら、どうしましょう」  カイヤさんの右手をとり小さく声を上げると、田中様がソファから…

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【連載小説】はつこひ 第四話

 飯村さんと出会ったのは、今から五十年以上も前のこと。私がまだ十三歳、中学一年生の頃だっ…

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【連載小説】はつこひ 第五話

「蝶子ちゃん、おはよう!」  今は使われなくなったバス停の前に車を停めると、後部座席の扉…

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【連載小説】はつこひ 第六話

 飯村さんに「連れて行って」とお願いした場所は、彼の家だ。  廃線となったバス停で毎日待…

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【連載小説】はつこひ 第七話

 そこに映し出されたのは、彼がこれまでに瞳で写し取ったもの。写真だった。  写真の中では、飯村さんは今と同じ制服を身に着けて、紅白の紙の造花で飾られた「アンドロイド専門X区第三中等学校 入学式」と書かれた立て札の前に立っている。  飯村さんを真ん中に、優しそうな年老いた夫婦が両脇に寄り添っていた。  老夫婦は人間だが、どうやら飯村さんを「子ども」として、とても愛しているように見える。そのことは、飯村さんの両肩に優しく添えられた二人の手から十分に伝わってきた。  アンドロ

【連載小説】はつこひ 第八話

「そうだ。さっき蝶子ちゃんに『オトナ』と言われて僕は思い出したんだ。お母さんも、お父さん…

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【連載小説】はつこひ 第九話

「お嬢様‼」  約束の時間にバス停に現れた私たちを見つけると、寺尾が駆け寄ってくる。彼の…

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【連載小説】はつこひ 第十話

「……ねえ、寺尾は? 寺尾はどうしてる?」  窓の外で降り続く雪を眺めていると、だんだん…

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【連載小説】はつこひ 第十一話

 新年が明け、冬休みが終わっても気分は晴れない。 「お嬢様、あと十分で学校に到着します」…

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【連載小説】はつこひ 第十二話

 車は街から郊外へ向かう。三時間ほどすると、コンクリートの無機質な建物の並ぶ景色から草原…

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【連載小説】はつこひ 第十三話

 顔を上げると、飯村さんは両目から涙を流していた。 「……私のために泣いてくれるの?」 …

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【連載小説】はつこひ 十四話

『えー、今日はめでたい日です。なんと、今日は兄貴の二十歳の誕生日、そして、この農場を継ぐ日です。今日は特別な日なので、サプライズでお祝いをしたいと思います。兄貴がどんな反応をするかは、お楽しみです』  カメラの主の明るい声が聞こえる。姿は見えないが、丸太小屋の中でテーブルを挟んで座る中年の夫婦らしき人物らと共に家族の帰りを待ちわびているようだ。 『ただいまー』  玄関から体格の良い逞しい身体つきの男が入ってきた。 『兄貴、ハッピーバースデー! そして、経営者デビュー、おめ