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【連載小説】はつこひ 第十一話

 新年が明け、冬休みが終わっても気分は晴れない。

「お嬢様、あと十分で学校に到着します」
 寺尾の代りに運転手となったアンドロイドの古賀さんがアナウンスする。

 後部座席から車窓を眺めていると、あのバス停が見えた。廃線になって半年以上経つというのに、バス停の名称と時刻表の貼り付いた標柱は未だ残されている。雪はすっかり溶けて以前の姿を取り戻したけれど、大事なものだけが抜け落ちていた。

「飯村さん……」
 その名を呟くと、涙がこぼれる。

 あの日、ショックで意識を失った後。
 その日の夜には目を覚ましたが、警備は一層強化されて、家どころか自室からも出られなくなってしまった。
 夜が更けた頃、部屋を出ようと扉を開けようものなら、すぐに佐戸田さんが音を聞きつけてやって来る。窓を少し開けただけでも、警備用犬型ロボットがこちらに目を光らせて、「マドヲシメテクダサイ」と警告を発した。

「期限の二十八日まで、あと一日しかない。何とか飯村さんに会わなきゃ。彼をどこかに隠さなきゃ……!」
 強制停止期限を翌日に迎え、何とか逃げ出さねばと駆け出すと、ちょうど扉の前で待ち受けていた佐戸田さんにぶつかった。

「あ……!」
「お嬢様。頼みますから、ご自分の部屋で大人しくしていてください。こちら、本日の新聞です。対象となる旧型アンドロイドの回収は、既に完了したようですよ」
 
「……嘘! 期限まであと一日あるはずよ!?」
「お嬢様も分かっているはずです。私たちは電波で管理されているのですから、停止の指示が出されれば、それに従わざるを得ないのです。運命から逃れることはできないのですよ」

「何で……、何でそんな冷たいことが言えるの? 佐戸田さんは同じアンドロイドでしょう? 悲しくないの?」

「申し訳ありません。人がどのような時に喜怒哀楽を感じるか、そういうことについてはデータがありますが、人と同じように感情を感じることはまだ私たちのシステムではできません。けれど、私はアンドロイドに人と同じような感情は必要ないと考えています」

「……なぜ?」

「なぜ私たちは作られたのでしょう。それは、人の減りつつあるこの世界を持続させるためです。持続させるためには、どんなことがあっても前に進み続けるしかありません。前に進むということは、古きものを還元し、新しいものへと作り変えていくことです。そこに感情は必要ありません。地上に存在できるものは有数だということを忘れてはいけません」

「何よ、それ……。それじゃあ、犠牲はしょうがないって言いたいの?」

「そうではありません。誰もが古きものの上に成り立っているということです。彼らは犠牲などではありません」

「分からない。私には分からないわ。誰かの終わりを決めるのが、他の誰かであっていいはずがないじゃない。残された人がどんなにつらいか、佐戸田さんは知らないのよ!」

「はい、知りません。私は、アンドロイドですから」

 こんな時でも、佐戸田さんの表情に変化はない。私は「わあああ」と泣き出してその場にうずくまってしまった。
 佐戸田さんは合成タンパク質の身体から急病人搬送用の金属製アームを出現させると、その場から動かなくなった私をベッドへと丁重に運ぶ。

「お嬢様。お願いですから大人しくしていてください」
「佐戸田さんなんて、嫌いよ! お母様みたいなこと、何度も言わないで!」

「大人しくしていてくれたら、ご褒美にマニキュアを塗って差し上げますよ」
「……え?」

「私は奥様専用のアンドロイドですからね。奥様のおっしゃられた言葉は全て覚えているのですよ。奥様のできないことは、私が代わりにして差し上げます。人の感情は分からなくとも、奥様の代りにできないことなど私にはないのです」
 佐戸田さんは、「あの人」のように目を三日月の形に細めて、初めていびつな笑顔を見せた。

 

「お嬢様、学校に到着しました。帰りは、午後三時に迎えにあがります」

 中学校の校門前に車を停めると、古賀さんは後部座席のドアを開けて外に出るように促す。
 見上げると、彼はサングラスを掛けた強面を忙しく左右に動かして、こちらよりも辺りの様子を気にしているようだ。寺尾にも負けぬ頼もしい体格ではあるが、無駄な言葉を一切吐かない分、一体何を考えているのかさっぱり分からない。
 ひとまず車で送ってくれたことに「ありがとう」と伝えると、「ピッ。任務完了」と左耳の辺りから音を返した。

──その時だった。

『バチバチバチ‼』
 突然、古賀さんの左側のこめかみで激しい光が弾ける。

「どさり」と古賀さんの大きな身体がコンクリートの上に倒れ込むと、その後ろから姿を現したのは寺尾だった。

「寺尾!」
 寺尾は右手にスタンガンを握りしめ、肩で大きく息をしている。身に着けているワイシャツは何日も着たままの如く首元がよれ、汗や油の混じったような汚れがまだら模様を描いて染みついていた。

「……お嬢様。もう諦めてしまいましたか? 彼に、会いたいとは思いませんか?」
 寺尾は鋭い視線をこちらに向ける。なぜ寺尾がそんなことを聞くのか意図は分からないが、首を横に振らずにはいられなかった。

「諦められるはずがないじゃない!……飯村さんに会いたい‼」
 涙と共に、胸から溢れた何かが掠れた声となる。それは今の私の精一杯の叫びだった。

「ねえ、何あれ?」
「誰か倒れてない?」
 後続の車から降りてきた生徒達がこちらに近づいてくる。ただならぬ気配を感じ取り、数名の生徒がざわつき始めた。

「お嬢様。とにかく車にお乗りください。騒ぎになる前に、ここから離れましょう」
 寺尾は私の身体が車の中に収まったことを確認すると、すぐに車を発進させた。

 涙の落ちた指先で、佐戸田さんが塗ってくれたマニキュアが光る。彼女が選んだそれは、涙と同じ色だった。

「蝶子ちゃん。蝶子ちゃん」
 彼の声を思い出すだけで、心の奥底から悪魔のような欲望が現れる。それは身体を破りながら、どこまでも彼を求めて黒い腕を伸ばしていくようだ。

 待つことなどできない。いい子になどしていられない。

 透明なマニキュアを塗ったくらいでは、私は到底大人になることなどできなかったのだ。
 愛するということは、きっと「そういうこと」だ。


(つづく)

(2522文字)
 

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