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ベニクラゲの午睡 9.

冬の雨宿り(退行現象)

 (1月9日(火))

💬その後、体調はいかがですか?

  ありがとう、調子はいいみたい。💬

💬お仕事、忙しいですか?

  一昨日と昨日は成人式だったので大変だったけど、一段落。💬

💬お疲れ様でした!

         ありがとう💬

💬何かお手伝いできることあったら、いつでもメッセください。

    ありがとう。でも、授業優先でね。💬

(1月16日(火))

💬こんにちは、元気ですか?

  うん、体調は特に問題ないと思う。💬

💬あの、髪の予約の前に、会える日とかありますか?

  ごめんなさい、今度のお休みは用事で父の実家に行くので。💬

💬あ、ぜんぜん気にしないでください

💬無理しないでくださいね。

   大丈夫。ありがとう。💬

(1月22日(月))

💬来週日曜、髪の方、よろしくお願いします。

  はい、こちらこそ。
  それから、チャップリンの映画のこと教えてね。💬

💬ぜひ! 

 LINEのトーク画面で霧島さんとのやりとりを見ると、随分と間が開いているなあと思う。しかも、発信者はいつも僕から。
 去年のクリスマスから正月は、一緒にいる時間が長かったので、最近は尚更、霧島さんと僕の時間に大きな隙間が空いているように感じる。

 彼女が過去の悲しい出来事を打ち明けてくれ、誤解を招く表現だが、一晩一緒に過ごした。
 でも、彼女と僕との距離は、近いようで、遠い。
 密なようで、疎。

 僕はもっと霧島さんに思い出してもらえるような人間になりたい。もっと彼女から頼ってもらえる人間になりなたい。
 要するに僕は、霧島さんのことが、すごく好きなんだ。 

1月28日、日曜日の午前。

 僕は電車を降り、白い壁に「Arlecchino」と書かれたヘアサロンのドアを押す。
 お客さんの髪の仕上げをしていた茶縁眼鏡の店長、大野さんが僕の姿をみてハッとした表情になった。そして、無言で壁沿いにあるミニテーブル席に座るよう促す。
 店内を見渡すと、三名ほどのスタッフがそれぞれの仕事をしているが、霧島さんの姿が見当たらない。

 5分ほど待っていると、大野店長はお客さんを外まで見送り、そのまま僕の方へ歩いてきた。
「ごめんごめん、待たせちゃった。」
 僕を一番端の席に案内する。

「あの、霧島さんは?」
「ごめんね。朝、連絡があってね・・・今日は休むって。」
「え! 具合が悪いんですか?」
「いえ、そうじゃないんだけど。これからゆっくり話すわ。」
「・・・わかりました。」
「今日は代わりに私が担当するけど、いいかしら?」
「・・・わかりました。」

「『ラフツイストマッシュ、アッシュグレーのブリーチなし』ね?」
「・・・はい。」

「私じゃ不満かしら?」
「いえいえ、決してそのようなことは・・・」

 カット、コスメパーマ、カラーリングという一連の作業を行いながら、大野店長は周囲に気遣いつつも、霧島さんのことを小声で話してくれた。

「スミちゃん、あ、霧島さんのことね・・・最近見ていて、何か気づいたことない?」
「いや、そんなに頻繁に会っているわけではないので・・・」
「今さら何を隠してんのよ。スミちゃんは君と会ってること、普通に話してくれたわよ。」
 え、店長公認のおつきあいってこと? それとも恋バナの餌食?

「そ、そうですか・・・最近気づいたことと言われても・・・お店の制服は似合うし、外で会ったときの私服もおしゃれだし・・・」
「何ノロケてんのよ・・・まあ服は関係なくもないけど。」

 服に関係がある?・・・そう言えば、クリスマスの時も、正月の時も待ち合わせの時も、いつもおしゃれだなと思っていたのと・・・そういえば。
「あの、霧島さんと会う度に、何となく若くなってきている、というか、子供っぽくなっているような気がしました。多分気のせいだと思いますが・・・」
「そう。私も最初気のせいだと思ってたんだけどね。最近のあの子見ると、そうとも思えなくなってきてね。」
 クリスマスと正月の短期間のうちに僕は変化を感じた。あれから3週間以上経っている。

「制服がぶかぶかになってね、履いていた靴も大きくなっちゃって困ってたわ。」
「そうですか・・・そのことで霧島さんから店長さんに何か相談はあったんですか?」
「ううん、困っている様子だったけど何も相談してくれないから、無理矢理、病院に連れて行ったの。」
「どこか悪いところでも?」
「精密検査をしてもらったんだけど、特に異常は見られなかったわ。もっと栄養とりなさいってお医者さんに言われたくらいね。」

 大野さんは、初めて担当した僕の髪を戸惑うことなく手際よくカットしていく。

 鏡に写った店長さんに話の続きを聞く。
「それで・・・今日はどうして休んだんでしょうか?」

 鋏の動きが一瞬止まる。

「休むっていうより・・・もう辞めた方がいいんじゃないかって言ってきたの。」
「え! 何でまた?」
「私やお店のスタッフに迷惑がかかるからって・・・1、2か月ぶりにお店に来たお客さんが、何人もびっくりしてるし。」
「あの、美容師の腕というか、技術も落ちてしまっているんですか?」
「見たところ、それは全然ないわ・・・だからスミちゃんさえよければ、続けられるまで続けたらって、言ってたんだけどね。」

 待ち合わせのたび、少し子供っぽくなったなと思っていたけど、それは僕にだんだん打ち解けてきているからそう見えるんだ、と勝手に解釈していた。大きな勘違いだ。

「それで、霧島さんはこれからどうなるんでしょうか?」
「私にはわからない。このままどんどん若くなっていくのか、どこかでそれが止まるのか、どこかで逆戻りするのか・・・」

 大野さんは、会話を続けつつも淡々と施術を進める。
「高野君は、スミちゃんのご両親のことを聞いてるんでしょう?」
「・・・ええ、何というか、不幸な事故だと思います。」
「可愛そうにねえ・・・でね、あの時の落雷が関係してるんじゃないかなって思うこともあるの。」
 すごい想像力だ。

「いやあ、流石にそれは無いんじゃないですか?」
「でもね、あの時からなの。喪が明けて仕事に復帰した時から、スミちゃん少しづつ若返っているなあって思い始めた。・・・こんなに急に変わったのは最近だけどね。」
 そんなことがあるのだろうか?

「はい、お待たせ。」
 大野店長は、アシスタントさんの手も借りずに手際よく僕の髪を整えてくれた。でも、その時間はすごく長く感じられた。早く連絡をとりたい。

 支払いを済ませ、ヘアサロンの外に出ると、大野さんが見送りに出てくれた。
「今日は悪かったわね。スミちゃん、仕事をドタキャンする子じゃないんだけどね。」
「いえ、しかたがないです。」

「それから。私も連絡とったり家の様子を見に行くけど、あなたも見守ってあげなさいよ・・・まあ、最初は多分嫌がるでしょうけど。」
「僕がですか?」
「そう、『僕』が! ご両親がいなくなって、あの子が一番頼りにしているのは、多分、あなたよ。」

「・・・わかりました。」

 僕は駅のホームで早速霧島さんにメッセージを送った。

💬電話で話せますか?

 既読はついたが、返事は無かった。
 僕はLINE電話をかけた。霧島さんは出なかった。

 もう一度、メッセージを送る。

💬今からそっちに行ってもいいですか?

 既読がつく。
 しばらくして、メッセージが入った。

        来ないで。💬

 ・・・霧島さん、それはないでしょう。

 『今度チャップリンの映画のこと教えてね。』って言ってくれたのに。

 翌日からも何度かLINEでメッセージを送ってみた。
 返事は来ない。
 既読がつかない時もあった。

 2月に入り、後期試験が終わると、僕は暇を持て余していた。
 これから大学入試が始まり、キャンパスへの出入りができなくなる。サークル「笑かせ屋」も、卒業追い出しイベントの練習が始まるまで休止状態になる。
 アパートのベッドでごろごろしながら、チャップリン自伝を読む。翻訳版の文庫本は、上巻で400ページ、下巻で何と700ページ近くある。気が散って一向に読み進められない。少し読んでは眠くなり、目が覚めたらスマホを眺めて、を繰り返していた。最近の大学生は真面目に勉強するようになったと言われるが、こんなに怠惰な現役大学生もいるのだ。

 スマホを手に取り、LINEでメッセージを送ろうかどうか迷っていたところ、スマホが振動してメッセージが表示された。

『多摩地方に雷雲が接近中』

 そう言えば、窓の外が薄暗くなってきている。
 午後四時過ぎとはいえ、暗すぎる。
 窓を開け、様子をうかがうと、西の空に黒っぽい雲が垂れこめている。

 富士急ハイランドでの、帰り際の空模様を思い出した。
 そして、その時の霧島さんの反応を思い出した。

 こうしちゃいられない!

 スエットから外着に着替え、ショルダーバッグに財布を入れ、ドアノブに手をかける。
 ふと思い出し、一旦部屋に戻り、壁面ラックからDVDを何枚か掴み、バッグに入れる。

 戸締まりをして、最寄りの小田急線、鶴川駅まで小走りで向かう。
 空はさっきよりも暗くなっている。風も吹いてきた。

 電車の窓には、ぽつりぽつりと雨粒が当たり始めている。
 雲よ、もう少し待ってくれ。

 小田急線を降り、南口に出ると、既に雨は本降りになっていた。雨が降るとわかっていたのに、雨具は忘れた。マヌケだ。
 ビニ傘を買う時間も惜しいので、僕はパーカーのフードを被って駆け出す。

 雨足が一層強くなってきた。
 間に合ってくれ。

 門をくぐり、小さな花壇のある前庭を尻目に、霧島さんの家のドアの前まで辿り着いた。
 躊躇っている時間はない。

 チャイムを鳴らし、ドアを叩く。
 「霧島さん、僕です。開けてください! 早く! 」

 1分ほど、この動作を続けた。そして玄関外の照明が灯いた。
 カチャリとドアが開く。

 その瞬間。
 空がカメラのフラッシュのように白く光った。

 僕は慌てて家の中に入り、ドアを締めた。

 大音量の雷鳴が轟くのと同時に、一人の少女が、ズブ濡れの僕に飛びついて来た。僕はその子を抱きしめる。

 「びしょ濡れでごめん・・・雨宿りさせてください。霧島さん。」

 その少女は僕の腕の中で、コクンとうなづいた。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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