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ベニクラゲの午睡 26.

エピローグ 1.(再び江ノ島での休日)

 アタシは一通り自分が勤める江ノ島のアクアリウムを案内し、4人家族と一緒に湘南の海が一望できる『オーシャンデッキ』に出た。水族館から許可をもらっている時間は、まだ30分ほどある。チビちゃんたちはさすがに疲れたようだ。女の子はママに抱っこしてもらっている。
「ねえ、休憩しない? アタシが奢るからさ・・・じゃなくて私がご馳走しますので。」
 いけないいけない。この人たちと一緒にいると、つい地の言葉遣いに戻ってしまう。

「エミ、じゃなくてトリーターさん、そんなことさせるわけにはいかないよ。今日もココに招待してくれたんだし。」
 ヨウは、慌てて財布を出す。そしてアタシに尋ねる。
「何飲む?」
「うーん、じゃあお言葉に甘えて、ブルーカルピスを。」
「ハハハ、相変わらずブルーの飲み物が好きだな・・・スミレは?」
「じゃあ、私もそれをお願い。」
「オーケー。」

 ヨウは双子のチビちゃんを連れて、飲み物や軽食を売っている「オーシャンカフェ」に向かった。

 デッキには背の高いテーブルと椅子が海に向かって設置されている。五人で座れるよう、スミレとアタシは間隔を空けて座った。一応、制服のポロシャツが隠れるよう、ウィンドブレイカーを羽織る。

「お仕事、うまくいってるみたいね。」
「うん。やることがいっぱいあって大変だけど、海の生き物や動物君に囲まれてるとすごく楽しい・・・まだまだ慣れないことばかりで、毎日家に帰るとバテバテだけどね。」
「でも、ほんとよかったね。一生懸命勉強して努力が実って、やりたい仕事につけて。」
「うん、水族館はそんなにいつもスタッフを募集しているわけじゃないらしいから、ほんと、ラッキーだと思う。」

 湘南の海は、小波が立っているものの、サーフィンをするには難しそうで、多くのサーファー達が沖合で波待ちをしている。
 その向こうには江ノ島が少しかすんで見える。

「スミレも仕事、順調だよね・・・出産や子育てが大変だと思うけど、なんか、すぐに復帰したんだって?」
「そうね、休んだのは、出産前と子育てで合わせて1年ちょっとくらいかな。」
「へー、子育て大変なんじゃない? 双子ちゃんだし。」
「そうねえ、確かに大変だけど、店長の大野さんはシフトのやりくりをしてくれてるし、陽君・・・主人は保育所の送り迎えとか、子供の面倒をよく見てくれるし。」
「へえ、陽君って呼んでるのかあ。平気でのろけるし、なんか妬けちゃうねえ・・・でも『主人』って呼び方はさ、何かイラっとするよねえ。旦那が主人なら、私たちは何?『従人』?」
「なに言ってるのよ。それより、エミは彼氏とかいないの?」
「うーん、今はこの通り仕事忙しいし・・・水族館のスタッフに、気になる男の子がいないわけじゃないけど・・・まあ、おいおい、ってとこかな。」
「気になる男の子って、まさかカピバラ君とかじゃないわよね?」
「こら、茶化すな!」
ははは、と笑うスミレ。まさかこの子(今は年上だけど・・・)がこんな風に笑えるようになるなんて、想像もできなかった。本当に良かったなあって思う。

「私も、双子の子育てって大変かなって覚悟してたけど、思ったほどじゃなくて逆に拍子抜けしてるぐらいよ。・・・二人とも聞き分けがよくて、小さいくせに協力的だし・・・でも病気になったらちょっと大変かな。熱出すときは必ず二人揃って熱出すし・・・あ、でも、別々に熱をだされるよりかはマシかも。」
 スミレは、亜麻色の髪を風になびかせ、微笑みながら目を細めて海を見つめている。
 本当に綺麗な人だ。そして、彼女の娘も超かわいい。将来、美人ちゃんになることは間違いないだろう。金髪に透き通ったライトブルーの瞳。母親譲りというよりも、むしろ、家に飾ってあった写真のスミレのお母さん譲り。そして男の子は、スミレのお父さん譲りの未来のイケメン。

 この件に関して、アタシはモヤモヤっとしていることがある。双子ちゃんには、スミレのご両親の面影が「ありすぎる」のだ。

 私は単刀直入に切り込む。
「ねえ、スミレ。前にもLINEしたけどさ、まさかあの双子ちゃん、あなたのパパとママの生まれ変わりってことない?」

 スミレは湘南の海からアタシに視線を移し、間を置いて答える。
「フフフ。まさかそれはないと思うよ。そんな奇跡みたいなこと、起こると思ってるの?」
 フフフッて笑い方がちょっと怪しい。
「じゃあ聞くけどさ、何であのチビちゃんたちに『オーロラ』『翔』って名前をつけたのかな?」
 これは、スミレのご両親の名前だ。
「・・・まあ、母と父が私を育ててくれたっていう感謝の印かな・・・あと、子供達も私の両親のように優しく素敵な人になってほしい、という願いも込めている・・・だいたいね、この名前にしようって決めてくれたのは、陽君・・・じゃなくて主人の方よ。」

「なんか言った?」
 噂をすると、ヨウがトレイを慎重に持って近づいてきた。双子のチビちゃんは、二人がかりで1つの丸い透明なボールのようなものを運んでいる。

「いやね、アンタはこのチビちゃんたちに何で『オーロラ』『翔』って名づけたのかなあって。」
 ヨウはアタシに手渡そうとしたブルーカルピスの容器をあやうくひっくり返しそうになった。
「ほら、動揺している!」
 どうもこの夫婦は何かを隠しているようで怪しい。

 双子ちゃんは、手に持っていた丸い容器を母親に一旦預け、ハイチェアによじ登った。スミレはそれを二人の間に置いて、ストローを2本刺してあげた。
「この飲み物、可愛いわね。」
「いいでしょ。『クラゲファンタジーホール』の真ん中に丸い水槽があったの覚えてる? あれをイメージしてるのよ。グラスは持ってお持ち帰りになれマス。」
 男の子と女の子はハイチェアの上で足をブラブラさせながら、2本のストローで仲よくチューチューとブルーのソーダを飲んでいる。

 潮風に女の子の金髪がなびく。湘南の海よりも青い瞳。この子たちはこれからどんな人生を歩んでいくんだろう。

「ホントに二人、仲いいよね・・・ねえスミレ、二人が大きくなって『私たち結婚したい』って言いだしたらどうする?」
 ヨウがコーラを少し吹いた。
「コラ! まったくエミったら・・・この話はもうおしまい!」
 双子ちゃんは少し恥ずかしそうにお互いをチロチロと見ている。

「あ、アタシの約束の時間もそろそろおしまいだ。ヨウ、ごちそうさま・・・あ、みなさんはごゆっくり。」
私は飲み物の容器と小物入れのバッグを持ち、席を立つ。

「あ、それ・・・」
 私のバッグにぶら下がっているものにスミレは気づいた。そして、彼女はにっこりと笑って、子供たちの荷物を入れてあるバッグを持ち上げて見せた。
 私たちがバッグにつけていたのは、すみだ水族館でおみやげに買った、丸いクラゲのキーホルダーだ。
・・・持っいてくれたんだ。

「また遊びにきてくれるかな?」
「もちろんよ・・・年パスも検討いたします。」
「エミ、じゃなくてトリーターさん今日は本当にありがとう。」

 かつて、短い間だったけど、一緒に暮らしたあの頃が懐かしい。この二人に出会わなければ、私はどうなっていたんだろう。

 スミレとヨウの手。チビちゃん達の小さな手。四つの手が振られ、バイバイと見送られながら、私は仕事に戻る。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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