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ベニクラゲの午睡 24.

皐月の食卓(いちごの知らせ)

 最近変わったことが起きている。
 冷蔵庫にイチゴのパックがいつも5、6箱備えられているのだ。
 品種は、とちおとめ、スカイベリー、とちあいか、と栃木県産のものが多い。
 「そうね、いろいろ食べてみたけど、今はこの3種類が好みかな?」
 スミレは、そう言って、洗ったイチゴを小皿に載せてテーブルに置いてくれた。
 そこそこの量のイチゴが冷蔵庫に常備されているにも関わらず、僕がこうやって食後のデザートとして食べる機会は、実はそんなに多くない。
 
 どうしてか?
 考えられる答えは一つだけ。
 スミレがほとんど食べてしまっているのだ。
 
「スミレって、そんなにイチゴ、好きだっけ?」
「うん、昔から好きだったけど、最近は食欲がない時でもおいしく食べられるから。」
 冷蔵庫のイチゴのパックの減り具合と増え具合から推察するに、スミレは一日に2、3パックは食べているのではないか?
「食欲がない時って、結構あるの?」
「・・・うん、最近増えたかも。」
 そういえば食事の際、スミレの食器に盛られる食べ物の量が少ないような気がする。
 
 この会話のやりとりで、結婚披露パーティーの時に姉が両親に話していたことを思い出した。姉には2歳の男の子、レン君がいて、パーティーの時は、その子を旦那さんに任せて出席していた。
「いやー、レンがお腹の中にいる時、つわりがひどくてさー、何にも食べられないんだけど、これならいくらでも食べられちゃうのよね。ほんと助かったわ。」
 姉はビュッフェスタイルのサラダコーナーからプチトマトを小皿に盛り、パクパク食べながら、自分の出産体験記を披露していた。当時、冷蔵庫の中はプチトマトのパックがいっぱいだったそうだ。
 
「ヨウ、だからスミレさんの変化も見逃さないんだよ。」
 
 僕は、スミレに切り出す。
「あのさ、明日、病院に行って診てもらわない?」
「診てもらうって・・・陽君もそう思うの?」
 結婚してから僕の呼び方は、『高野君』から『陽君』に変わった。少し照れる。
 実質、僕の方が年上になったが、スミレにとっては今でも年下(ガキ)なのかもしれない。
 
「なんだ、スミレも気づいていたのか。」
「うん。多分そうかもって。そろそろお医者さんに行ってみようかなって思っていたの。」
 
 翌日の午前、僕は半休をとり、ミニにスミレを乗せ、産婦人科に連れていった。スミレが休みをいただく連絡を大野店長にメッセージで送ると、お勧めの病院をいくつか教えてくれた。さすが察しがいい。
 なるべく揺れの少ないよう、僕は慎重に運転した。
 
「おめでとうございます。妊娠6週目ですね。そして・・・胎嚢、つまり赤ちゃんがはいっている部屋が・・・2つあります。」
「2つ、ということは・・・」
「はい、双子ちゃんですね。」
 診察してくれた女医さんがにこやかに説明してくれた。
 
 僕とスミレは顔を見合わせる。
 
「ご安心くださいな。うち(当医院)では、双子の赤ちゃんの出産は、しょっちゅう手がけていますから。」
 
 今後の手続きや定期検診の説明を受け、病院を後にした。
 帰りの車の運転は、いやでも慎重になる。
「なんか、免許取り立ての人の運転みたい。」
 スミレがからかう。
 
 家に着くと、早速スミレが大きめの皿にイチゴを並べた。
「これからヘアサロンの仕事、どうするの?」
「そうね、立ち仕事だし、お医者さんと大野店長と相談しながらかな・・・でも、なるべく働いていたい。」
「まあ、無理しないでね・・・あ、ゴメン、忘れてた。・・・おめでとう。」
「ふふふ。ありがとう。」
 
 僕はイチゴを5、6個つまみ、残りはスミレに譲って、仕事に向かった。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


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