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とある犬の遍歴

 飼い主が死んだ。病に倒れたのだ。

 犬は三日三晩、亡き骸のそばにいた。
 しかし飼い主がふたたび動くことはなかった。

 事態を悟った犬は、高原をめぐる旅に出た。

*   *   *

 狼の一群をすれすれでかわした。
 毒蛇に噛まれそうになった。
 それでも犬は、高原を走り続けた。

 そうしてあるとき、山羊飼いに出会った。

「山羊飼いさん、どうかお願いです。山羊のみなさんと一緒に、僕のことも養っていただけませんか」
「お前は山羊じゃない、犬だ。だから断る」

*   *   *

 ふたたび高原を駆けた。
 切り立つ崖や、猟師を注意深く避けた。

 すると道中、犬は牛飼いに出会った。

「牛飼いさん、どうかお願いです。牛のみなさんと一緒に、僕のことも養っていただけませんか」
「ほう、いいだろう。しかしお前は牛じゃない。それは承知の上だな?」
「はい」

 犬はしっぽを大きく振った。とうとう居場所ができたのだ。

*   *   *

 牛飼いとの暮らしは、苛烈だった。
 餌は三日に一度、小さなチーズの破片。
 牛乳を入れたバケツを首にかけられ、何度も運ばされた。おかげで首はくたびれて、とうとうすこし歪んでしまった。
 もしなにか失敗すれば、鞭を打たれ、餌をもらえなかった。
 牛の餌を横取りしようとすれば、さらなる罰を与えられた。

 耐えかねた犬は、こう聞いた。
「牛のみんなは餌をあれほどもらえるのに、どうして僕はこんな扱いんですか?」
「それはお前が牛じゃないからだ。牛は肉にもなるし、乳も出す。しかし犬は何もない。つまり、牛よりも劣っているのだ。そんな劣等種には、今の待遇で十分だろう?」

*   *   *

 犬は夜中に逃げ出した。
 しかし、まともな食事がとれなかった犬には、走る元気が残っていなかった。

 犬は道中で横になった。眠い。まるで天に誘うような睡魔が襲ってきた。

*   *   *

 起きると、犬は小屋にいた。

「ああ、やっと起きたかね。安心したよ」
 犬は飛び起きた。「ここはどこですか」
「怖がることはない、私は豚飼いだ。道端で寝ている君を見つけて、ここに連れてきた」
「ああ、ありがとうございます。しかし、僕は豚ではありません。犬です。それでも良いのですか?」
「豚だろうが犬だろうが、関係はない。困っているものがいるのなら、助ける。それが道理というものだろう」

 そうして犬は、その豚飼いに一生を尽くしたという。


※この文章は、「山羊飼い」「牛飼い」「豚飼い」の三題噺として書かれました。

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