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頭蓋骨の記念日

 彼以外の生存者とは、すでに五日間会っていない。
 だから当然、石段を駆け上がる元気もない。

 下から迫る音がないことを確認して、僕たちはしばらく休憩することに同意した。
 石段に座り込む。
 塔の壁にあるところどころの穴から、塔の中に陽の光が漏れてくる。そうして僕たちは、日が変わったのを知る。

「今日は〈記念日〉なんだ」、と彼は言った。
「へえ、それはおめでたい」

 彼のひきずる頭蓋骨の数は六つ。両親と、両親の両親分の頭蓋骨だ。
 いずれもきれいに処理してあり、白く、整った形をしている。彼の血筋は、相当に几帳面なのだ。彼はナイフで頭蓋骨のひとつに印をつける。
 僕も同様に、父の頭蓋骨に経過日数を記録する。

「その日はどういう気分だった?」、と僕は聞いた。
「うーん」、と彼は目をつむる。「奇妙な気分だった」
「やっぱりそうだよな」
「誇らしいような、寂しいような」
「まさに」
「君は?」
「僕も同じだ。えも言われない感情さ」
「そうだよな」

 この塔に生まれたすべての者は、〈記念日〉を経験する。それがわれわれの紐帯であり、ひとつの宿命でもあった。

「……」
「……」

 お互いのことを知るのは、あまり賢いこととは言えない。
 実際、あの日、僕が彼に追いついていたら、この会話もなかったはずだ。ところが、二人は同時に体の限界を迎え、同じ踊り場で一度力尽きた。
 そういうときは、しばらく一緒に塔を登る。

 しかしそのうち、二人で同意したタイミングで、生き残りをかけた短距離の競争をしなければならない。それによって食う人と食われる人が決する。僕か彼かの二人に一人だ。
 そして走っている最中、どちらかが確信するのだ。「ああ、ここで終わりだ」と。「このペース、相手の息遣い、自分のスタミナ。自分の負けだ」と。

 しかししばらくは、この静かな時間を楽しみたい。
 きっと彼も、そう思っている。


※この文章は、「走る」「記念日」「骨」の三題噺として書かれたものです。


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