人類終焉論者との交渉
君は言う。
イルカとクジラの間には本質的な差がない、と。体が小さなものをイルカ、大きなものをクジラと呼んでいるにすぎない。それはワシとタカでも同じだ、と。
困惑する僕を見て、君は笑う。そして、無理もない、と君は肩をすくめる。
七億人の運命が、いま君の手中にある。厳密に言うと、アメリカの保有する七千発の核弾頭の発射スイッチを、君が握っている。君の指の動きひとつで、七億人を蒸発させることができるシチュエーションなのだ。
そんな状況では、イルカやクジラの呼び名など瑣末な問題だ。それなのに君は大真面目に語るものだから、僕は困惑していた。そしてそのことを、君はわかっていた。
君はいわゆる人類終焉論者だ。人類は死んだほうが幸せであり、あらゆる終焉はその幸福である――そんな死臭ただようパターナリズムを掲げる。
君は知っている、僕がホワイト=ハウスの屋根で君とダイアログを紡いでいる理由を。
交渉。説得。
イカれた交渉だ。そう君は思っているだろうが、僕も同感だ。
君は続ける。
イルカやクジラは、自分たちのことをイルカやクジラなどとは思っていない。背の低い男が、背の高い男を見て「俺はホモ・サピエンスじゃない」などと喚かないのと同じようにね。
そうだな、と納得する僕を見て、君は嗤う。そこまでわかっているのなら、どうして俺を止めようとするんだ、と。勝手な人類が、勝手な考えを世界に当てはめて切り刻んでいくことは、極刑に値するではないか、と。
君は、一生懸命に君を説得しようとする僕のことを、物珍しそうに見る。
そして君はどういうわけか、核弾頭発射スイッチを手に入れるまでの幾千幾万の努力の数々を振り返って、少しずつ虚しくなっていくのを感じる。
ああ、と自分の声が漏れていることに君は気づく。
自分の手から核弾頭発射スイッチが滑り落ちていくことにも気づく。
しかし君は、何もしない。
君は気づいてしまったのだ。
君がほしかったのは、誰かとの会話だったのだ、と。
※この文章は、「ダイアログ」「屋根」「鷲」の三題噺として書かれました。
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