Forbidden Fruit 禁断の果実
「マトリカリアは赤く染まる」
「そして、エルピスは去った」
の続きです。
性別不問 アドリブ可 語尾などの軽微な変更可 兼ね役可
登場人物4人
アナスタシア:森に住んでいるヴァンパイア
ハンナ:森の精霊。アナスタシアとは旧知の仲
アラン:ニンゲンの軍隊の副隊長。森に侵入しようとしている。
ジンジャー:ニンゲンの軍隊の隊員。森に侵入しようとしている。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ある冬の日の夜・森の中で……
アラン:ジンジャー!状況を報告しろ。
ジンジャー:はい。物資・兵士ともにすべて計画通りに搬入できています。あとは……
アラン:計画を実行するだけ
ジンジャー:はい。決行は時間通りに?
アラン:おそらく。隊長が戻り次第すぐに確認しよう。
ジンジャー:隊長はどこへ?
アラン:数人の部下を連れて、偵察に行ったよ。
ジンジャー:森の中に数人で?危険では?
アラン:それは隊長も十分承知の上だろう。
アラン:ただ、大勢で押しかけてなんにもありませんでした。では困るのも事実だ。
ジンジャー:なるほど……。
アラン:……ほんとうにあるんだろうな、例の薬草。
ジンジャー:えぇ。ずいぶん昔ですが、人間が森の奥地に入ってその薬を採取していました。
アラン:そういう記録があったのか?
ジンジャー:えぇ……アーカイブ※1に。
アラン:よくそんなものを見つけられたな……
ジンジャー:実は子供の頃。ボクの出身の村でも似たようなことをしていまして……。
アラン:なるほど。経験を頼りに?
ジンジャー:えぇ。森に近い村なら、似たようなことをしていたのではないかと思い、記録を調べてみたら……
アラン:大当たりだったわけか。
ジンジャー:はい。
アラン:しかし、よくそんな古い文献が読めたな。
ジンジャー:え?
アラン:軍に入る奴ってのは、大抵ロクな教育をうけていない。
アラン:学がなくても金を稼げる。そんなのは軍隊ぐらいしかないんだよ。
ジンジャー:……そうかもしれませんね。
アラン:だから、こんなご時世でも入隊志願者が減らないんだよ。
ジンジャー:不思議ですよね。
ジンジャー:ここ数年、大勢が軍へと入り、消えていく……。
ジンジャー:やはりお金でしょうかね。
アラン:そりゃあこんな国に愛国心なんてあるわけ……
ジンジャー:あ、アランさん!
アラン:おっと、少し口が滑ったな。
ジンジャー:どこで誰が聞き耳を立てているか、わかりませんよ……
アラン:まったく……これじゃあ、気が抜けないよ。
ジンジャー:えぇ。全くもってその通りですね。
アラン:それにしても……ここ最近、ヤケに戦闘が激しくなってないか?
ジンジャー:きっとほかのみんなも、同じことを思っていると思います。
アラン:まさか薬草が足りなくて、わざわざ森に来るほどだなんて
アラン:薬売りがそれをやるならともかく、俺たち軍隊だぞ?
ジンジャー:それほど状況がひっ迫しているのでしょう……
ジンジャー:なにせ隣国との戦争に加え、一部の民衆から成る反乱軍の相手もしなくてはいけません……
アラン:はぁ……俺たちがここまでしてるのに、反乱なんて起こしあがって……
ジンジャー:……薬が手に入らないのも、それが原因みたいですね。
アラン:は?
ジンジャー:何人かの薬売りが、薬の提供を意図的に困難にしているようです。
アラン:……つまり?
ジンジャー:軍を相手に薬の値段を吊り上げたり、そもそも民衆側に配り、軍隊には売らないと決めている薬売りもいるとか……
アラン:どいつもこいつも、軍の邪魔ばかりするな。
アラン:これじゃあ俺らの仕事が増えるだけじゃないか。
ジンジャー:えぇ。
アラン:それで、こうやって無理やり森のなかに押し入って、勝手に薬草をとろうってか。
ジンジャー:軍は常に資金不足です……もうこうするしか手がなかったのでしょう。
アラン:はぁ……。
ジンジャー:むやみやたらに薬草を採ると、森のバランスが崩れてしまうので、あまり気が進まないのですが……
アラン:バランス?
ジンジャー:ようするに、採りすぎると、生態系が崩れてしまうんです。
アラン:は!そんなの気にする奴がまだ軍にいるのなんてな。
ジンジャー:え?
アラン:前線でのケガ人は増える一方。そんなこと、言ってる場合ではないだろう。
ジンジャー:……そうですね。失礼しました。
ト書き:その時、隊長が戻ってきた。
アラン:どうやら隊長が戻ってきたみたいだ。
アラン:俺は現状報告をしてくるから、お前は補給部隊の様子を見てきてくれ。
ジンジャー:補給部隊ですか。
アラン:彼らの荷物は何かと多い。男手を欲しがっているかも。
ジンジャー:承知しました。
ト書き:その後当初の計画通り、森へ入りヴァンパイアの領土から薬草
を秘密裏に採取することになった。遠くから誰かにみられていることは、
誰一人として気が付かなかった。
※1アーカイブ……ここでは、公文書館、色々な文章が保管されている場所のこと。
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場面転換
森へ侵攻から2日後
アラン:ジンジャー!こっちにも手を貸してくれ!
ジンジャー:は、はい!
ト書き:ニンゲン側の軍隊では、苦戦を強いられていた。
アラン:これで何人目だ……。
ジンジャー:もう数えきれません……ケガ人が多すぎます。
アラン:そんなのはわかってる!でも、治療しないわけにはいかないだろう。
ジンジャー:そうですが……もう薬は残りわずかです……。
アラン:クソ……こんなに苦戦するなんて……
ジンジャー:前線はいま、どうなっていますか?
アラン:どうもこうも……連戦連敗だよ……。
アラン:奴らの領土に入った途端、猛攻にさらされて前に進めない。
ジンジャー:やはりそうですか……。
ジンジャー:彼らにとっても薬草は貴重品、そう簡単に薬草を渡してはくれませんか……
アラン:それより、物資はどうなっている?
ジンジャー:薬はもう底をつきかけています。
ジンジャー:食料はまだありますが、元々少ししかいない計画でしたので、いずれなくなるでしょう……
アラン:そうか……とりあえず状況を、隊長に報告しよう。
ジンジャー:わかりました。
アラン:ここを頼む。俺が行ってくる。
ジンジャー:わかりました。
ト書き:数十分後
ジンジャー:アランさん……隊長はなんと……?
アラン:……結局方針は決まらなかった……。
ジンジャー:え?
アラン:予測よりかなり苦戦している……
アラン:薬の使用量も多いし、食料もそんなにたくさんはない……
ジンジャー:え、えぇ……。
アラン:今隊長が考えている計画は2つ。
アラン:みんなで撤退するか、ケガ人も含めて、全員で総攻撃を仕掛けるか……
ジンジャー:ちょ、ちょっと、待ってください。
ジンジャー:全員で?どういうことですか?
アラン:……口減らしだよ。
ジンジャー:そ、そんな……
アラン:仕方がないんだ……
ジンジャー:そんなこと、許されません……。
アラン:わかっている……けれど……
ジンジャー:では、生きている皆で逃げましょう。
ジンジャー:今ならまだ、間に合います。ケガ人を守りながら撤退することも、不可能ではないでしょう。
アラン:……
ジンジャー:アランさん?
アラン:上層部には、なんといえばいい……。
ジンジャー:え?
アラン:森にまで来て、物資をほとんど消耗して、何にも得られたモノはなく、ケガ人と死人だけが増えた……。
ジンジャー:……
アラン:そんなことを報告したら、隊長や俺は……
ジンジャー:……保身ですか?
アラン:ふん
アラン:責任のない立場のお前には、わからないだろう……。
ジンジャー:アランさん……。
アラン:ともかく、ケガ人の治療が先だ。
アラン:続きはまた、あとにしよう。
ジンジャー:……はい。
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場面転換
数時間後・森の奥で……
ジンジャー:敗戦は濃厚。
ジンジャー:このままじゃ、全員ここで死ぬしかない……。
ジンジャー:でも……口減らしだなんて……
ト書き:明け方、ジンジャーは1人で悩んでいた。
ジンジャー:あれからもう一度攻撃を仕掛けて、隊長は戦死してしまった……。
ジンジャー:結局アランが隊長になったけれど……
ジンジャー:ケガ人も無理やり動員して、兵士を減らそうとするなんて……
ジンジャー:混乱しているとしても……もう、ついていけない……
ト書き:その時、ジンジャーは誰かに見られていることに気が付く。
ジンジャー:だれ?
ト書き:ジンジャーは剣を抜いて、応戦する構えを見せる
ジンジャー:ヴァンパイア……?でも、ここは領域外だし……。
ト書き:ジンジャーは、小声でそうつぶやく。
ケイト:……あなた、私が見えるの?
ト書き:ジンジャーの目の前に、ケイトが現れた。
ジンジャー:あ、あなたは……
ケイト:……私が見えるってことは、知っているはずよ。
ジンジャー:……森の精霊?
ケイト:やっぱり……森の近くに住んで、お供え物とか、してくれていた?
ジンジャー:え、えぇ……。
ケイト:どうりで見えるわけね……
ケイト:ぬかったわね。軍隊にそんな人がいるなんて……
ジンジャー:あ、あの……
ケイト:ん?
ジンジャー:森の精霊って……ほんとにいるんですか……?
ケイト:ほんとにいるんですかって……
ケイト:じゃあ、あなたはいま何を見てるのよ……?
ジンジャー:そ、そうですけど……
ジンジャー:お供えしてたのは、石像だったので……
ケイト:あぁ。本物がいると思わなかったのね。
ジンジャー:ま、まぁ。
ケイト:でも、残念ね。
ケイト:そんな子が、森を荒らすどころか、ヴァンパイアに仕掛けるなんてバカなことするなんて……
ジンジャー:そ、それは……
ケイト:ま、いいわ。
ケイト:じゃ、さようなら
ジンジャー:え……行っちゃうんですか……
ケイト:私は、今回に関してはなんにもしない。
ケイト:明らかに、ニンゲン側のやっていることがおかしいんだもの。
ジンジャー:そう……ですね……
ケイト:せいぜい長生きしなさい。
ケイト:じゃあね。
ト書き:そういってケイトは、立ち去ろうとする。
ジンジャー:ま、まって!
ト書き:ジンジャーは声をあげる。
ケイト:ちょっと!
ケイト:声が大きい。
ジンジャー:す、すみません……。
ケイト:まだ私に用があるの?
ジンジャー:あ、あの……
ジンジャー:お願いが……お願いがあるんです。
―――――――――――――――――――――――――――――――
場面転換
ト書き:ジンジャーとケイトが出会う、少し前のこと……。
アナスタシア:あらぁ……今日はまだ、ワインは飲んでなくてよ。
0:突如として現れたケイトに、アナスタシアは話しかける。
ケイト:今日はいらないわ。少し面倒なことになってね……
0:ケイトはそう言って、バルコニーに置かれたテーブルでくつろいでいる、アナスタシアの方へ近づいていく。
アナスタシア:ちょっと……面倒ごとに巻き込まないでちょうだい
ケイト:もう遅いわ。
0:そう言ってケイトは、アナスタシアの向かいの椅子に腰かける。
ケイト:ニンゲンが、2日ほど前から、ヴァンパイアの森に、侵入しようとしている。
アナスタシア:フン……また誘拐?いつものことじゃない。
アナスタシア:警備隊は、もう対処しているんでしょう?
ケイト:えぇ。今頃、歓迎パーティーの真っ最中よ。
アナスタシア:ふーん……
アナスタシア:それで?それの何が面倒なのよ?
ケイト:彼らの目当ては、ヴァンパイアじゃないらしいのよ。
アナスタシア:ヴァンパイアの誘拐以外に、この森に入ってくるワケ?
ケイト:えぇ。森に住むエルフの情報によると、薬草を探しているらしいわ。
アナスタシア:薬草?そんなもの森中に生えてるじゃない?
アナスタシア:なんでワザワザここまでくるワケ?
ケイト:……ニンゲン同士の争いで、薬草が採りつくされちゃったのよ。
ケイト:それでも足りないから、こうして奥まで入ってきたんじゃないかしら。
アナスタシア:はぁ……。ニンゲンってほんと愚かね……。
ケイト:さすがの私も、今回はお手上げよ。
アナスタシア:あら、いつもはニンゲンのこと庇うのに……
アナスタシア:お供え物がもらえなかったからって、ヘソ曲げてるの?
ケイト:そんな子供みたいなことしないわ!
ケイト:ただ、これ以上好き勝手やられると、困るのよ。
アナスタシア:困る?あなたが?
ケイト:そりゃそうよ。森の生態系は崩れるし、エルフやヴァンパイアの分の薬草もなくなってしまうわ。
アナスタシア:なるほどねぇ……警備隊の男ども、躍起になってた?
ケイト:そりゃあもう……あれじゃあニンゲンは勝てないわ。
ケイト:それに、今回はエルフも、弓をとって一戦交えようとしている。
ケイト:止めるのが大変だったわ……。
アナスタシア:ふーん。あんたも大変ねぇ。
ケイト:まったくよ……。
アナスタシア:それで……?
アナスタシア:いいの?こんな森の奥深くでニンゲンがたくさん死んじゃっても?
アナスタシア:また死体だらけになっちゃうわよ?
ケイト:それは……避けられないでしょうね。
アナスタシア:あなた、いつもあたしたちがソレをやると、ごちゃごちゃ文句言ってくるでしょ?
アナスタシア:今回は言わないの?
ケイト:……ほんとうはこんなことは許したくないわ。
ケイト:ただ、今回は事情が違うわ。
アナスタシア:うーん?なにが違うっていうのよ?
ケイト:ニンゲンたちはここに来るまでの途中、いくつもの荷車で花をつぶして、時には木々の枝も切って、進んできたわ。
ケイト:元に戻るのに、どれだけの時間がかかることか……。
アナスタシア:なるほどねぇ……。
アナスタシア:ま、事情はわかったわ。
アナスタシア:それで、それをどうして私に伝えるワケ?
ケイト:どうしてって……
ケイト:捕虜をとったら、あなたが監視するんでしょ?
アナスタシア:チッ。そういうこと?
アナスタシア:めんどいわねぇ。
ケイト:もしも捕まえたら、また来るわ。
アナスタシア:あら、もう行くの?
ケイト:ヴァンパイアの警備隊の様子を見てくるわ。
ケイト:あんまりやりすぎないようにね……。
アナスタシア:そう。じゃ、伝えておいて
アナスタシア:捕虜はいらないって。面倒だから。
ケイト:……伝えておくわ。
ト書き:そういって、ケイトはそそくさと出ていった。
――――――――――――――――――――――――――――――
場面転換
ト書き:数時間後・ヴァンパイアの森の領土で。
アナスタシア:あなたね?
アナスタシア:今回のお祭り騒ぎのリーダー。
ト書き:冷たい視線で、声で、アナスタシアはアランに問いかける。
アラン:……だとしたら?
アナスタシア:は!
アナスタシア:反省の態度が見えないわねぇ。
アラン:……間違ったことはしていない。
アナスタシア:間違ったことをしていない。
アナスタシア:じゃああなたはどうして捕まっているのかしら?
アラン:そ、それは……
アナスタシア:死ぬ前に、よく考えなさい。
アラン:ま、まて……
アラン:な、仲間は……奴らは……
アナスタシア:はぁ?
アナスタシア:あなたみたいな、頭のおかしいリーダーのせいで、ほとんど死んじゃったわよ。
アナスタシア:生きてるのはほんの少数だけれども、それももう瀕死。
アナスタシア:ギャーギャーうるさいのは、あなたくらいよ。
アラン:俺のせい……?
アラン:ち、ちがう!こいつらを殺したのはお前らだろ!
アナスタシア:それをいうなら、先にこっちの領土に入ってきたのはそっちでしょ?
アラン:うるさい!俺たちには薬草が必要だったんだ!
アナスタシア:あたしたちだって、薬草は必要よ?
アラン:必要な量が違う
アナスタシア:バカな争いごとなんてしてるからでしょ?
アナスタシア:諦めて辞めちゃえばいいじゃない。
アラン:それができないからこうして……
アナスタシア:こうして、盗賊みたいなマネしてるの?
アナスタシア:そんなことしていいのかしら?
アナスタシア:それが、正義を振りかざす側がすることとは思えないんだけれども?
アラン:く……
アナスタシア:ったく……。
アナスタシア:ま、いいわ。どうせここにいるニンゲンはみんな死ぬから。説教なんてしても時間のムダだしね。
アラン:くそ……
アラン:あと一歩だったのに……。
アナスタシア:フン……哀れね。
アラン:あ?
アラン:お前……なんにもしてないクセに……
アナスタシア:なんにもしていない…。
アナスタシア:なら、どうしてあたしがここにいると思うの?
アラン:は?
アナスタシア:ここを守ってたヴァンパイアに伝えに来たのよ。
アナスタシア:あなた他たちの作戦。補給物資の場所。どこに何人の兵士がいるか……全部ね。
アラン:……どうして
アナスタシア:どうして知ってるかって?
アラン:は、ハッタリだろ!
アナスタシア:そんなことなくてよ?
アナスタシア:生きてる兵士で、強行突破しようとしてたんでしょ。外側に、ケガをしてる兵士を走らせて、壁にして。
アナスタシア:補給の食料は、リンゴが数個。薬はもうゼロ。
アナスタシア:ケガ人が多すぎて、守りながら撤退するのも難しいけど、このままだとみんな共倒れ。
アラン:……
アラン:なんで……それは一部の奴らしか知らないはず……
アナスタシア:あなたってホントにバカね。
アナスタシア:その「一部の誰か」が、あたしに全部教えてくれたのよ。
アナスタシア:だから、こっちのヴァンパイアに、あたしがワザワザ教えにきてあげたの。
アラン:そんな……そんなこと……
アナスタシア:だから、あなた達が全員で乗り込んできた地点で、結果は決まっていたの。
アラン:そんな……そんな……
アナスタシア:じゃあ、あたし帰るから。
アラン:ちょっと、ちょっと待てよ!
アナスタシア:あぁ?
アナスタシア:「待ってください」でしょ?
アラン:だ、だれなんだよ……その裏切り者は!
アナスタシア:……わからない?ここに攻めてくる前に、ひとり行方不明になったニンゲンがいたでしょ?
アラン:……まさか……ジンジャー?
アナスタシア:ジンジャー……たしかそんな名前だったわね。
アラン:あの男……
アラン:どうして俺たちを……
アナスタシア:……あなた、ほんとにバカね。頭の中に脳みそはいってるの?
アラン:……
アナスタシア:あの子、女よ。
アラン:……え?
アナスタシア:気が付かなかったの?
アラン:……
アナスタシア:まぁ、あなたもう死ぬし、どうでもいいか。
アナスタシア:じゃあね。
アラン:……
――――――――――――――――――――――――――――
場面転換
ト書き:少し前、アナスタシアの家で。
アナスタシア:……捕虜はいらないって、伝えたはずよ。
ト書き:アナスタシアは、ジンジャーを連れたケイトに声をかける。
ケイト:アナスタシア……聞いてちょうだい。
アナスタシア:そもそも……あたしの家に、ニンゲンなんて連れてこないでくれる?
アナスタシア:ケガれるじゃない。
ケイト:やめなさい……怖がってるじゃない。
ト書き:アナスタシアの青くて鋭い目でにらまれたジンジャーは、
すっかり怯えている。
アナスタシア:……ん?その子、女?
ケイト:そう。男装してるけどれっきとした女性よ。
アナスタシア:……
ケイト:いま、ヴァンパイアの領土に攻めているニンゲンのこと、教えてくれるそうよ。
ケイト:なにもかも全部。そうでしょ?
ジンジャー:は、はい……。
アナスタシア:……その見返りに、なにを約束したの?
ケイト:彼女の命の保障よ。
アナスタシア:また勝手にそんなこと約束して……
ケイト:いいでしょ?それくらい。
ジンジャー:お願いします……。
アナスタシア:言っておくけれど、いいのよ?ここで殺しても。
ジンジャー:そ、そんな……
ケイト:アナスタシア!
アナスタシア:ケイト……なんでこんなことしないといけないのよ。
アナスタシア:ニンゲンなんて、勝手に消耗して、すぐに全滅するわ。
ケイト:早く終わらせたいのよ。こんなバカなこと。
ケイト:彼女も、彼女の村に帰りたがってる。そうでしょ?
ジンジャー:は、はい……。
ジンジャー:高齢の母が、1人で、私の帰りを待っているんです……
アナスタシア:じゃあ、なんで軍隊になってはいったのよ……。
ジンジャー:それは……
ケイト:ジンジャー、話してあげなさい。
ジンジャー:は、はい。
ジンジャー:元々は家族で、小さな商店を経営していたのですが……内乱で建物ごと燃えてしまって……
ジンジャー:仕事がなくなってしまい、でも、お金は稼がなくちゃいけなくて、それで……
ケイト:軍隊に入るしかなかった。
ジンジャー:はい……。
アナスタシア:……男の家族は、どうしたのよ?
ジンジャー:……同じく軍隊に入ったのですが……戦乱で行方不明に……。
ケイト:……
ケイト:アナスタシア
アナスタシア:チッ
アナスタシア:いいわ。今回は森の精霊様の顔を、たててあげるわ。
ケイト:……だそうよ。
ケイト:よかったわね。
ジンジャー:は、はい!
ジンジャー:ありがとうございます!
アナスタシア:その代わり、なんにも隠さずに話すのよ?
アナスタシア:もし嘘でもついたら……探し出して……
ケイト:アナスタシア!
ジンジャー:う、う、ウソなんてつきません!
アナスタシア:よろしい。
ケイト:あ、アナスタシア。その前に、なにか食べ物とかない?
ケイト:彼女、しばらくなにも食べてないみたいなの。
ジンジャー:い、いえ……気にしないでください……
ジンジャー:軍はいつも物資不足です。空腹には慣れっこですから。
アナスタシア:……待ってなさい。リンゴがあったはずよ。
ト書き:そういって、アナスタシアはキッチンにリンゴを取りにいく。
しばらくして、リンゴ数個とナイフをもって、戻ってきた。
アナスタシア:ケイト。この子がしゃべってる間に、リンゴ、切ってあげないさい。
ケイト:わかったわ。ジンジャー、そこに座りなさい。
ジンジャー:は、はい。
ト書き:ケイトとジンジャーは、部屋の中のソファーに腰掛ける。
アナスタシア:それじゃあ、全部話してちょうだい……。
ト書き:数十分かけて、ジンジャーはすべてを伝えた。
ジンジャー:これで……全部です。
アナスタシア:……いいわ。それじゃあ、あたしは前線のヴァンパイアに、このことを伝えてくるから。
ケイト:私は、彼女を森まで送ってくわ。
アナスタシア:えぇ……ちゃんと安全に届けるのよ。
ケイト:もちろん。森のエルフ達にも伝えておくわ。
ジンジャー:あ、あの。
ケイト:ん?
ジンジャー:ほんとうに、いいんですか?
アナスタシア:ニンゲンと違って、あたしたちはウソはつかない。
アナスタシア:とっとと村へ帰りなさい。
ジンジャー:は、はぁ……
ケイト:じゃあ、行きましょう。
ケイト:途中までだけれど、送っていくわ。
ジンジャー:あ、ありがとうございます……。
ジンジャー:あ!
アナスタシア:なに?まだあるの?
ジンジャー:あ、あの……
ジンジャー:リンゴ、ありがとうございました。
ジンジャー:すごく冷たくて、シャキシャキしてて……美味しかったです……。
アナスタシア:……口に合ったようでよかったわ。
アナスタシア:さ、はやく帰りなさい。
ケイト:行きましょう。
ジンジャー:は、はい!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
場面転換
ト書き:数時間後
アナスタシア:……送り届けてきたの?
ケイト:えぇ。少し遠回りだったけど、彼女の村の近くまで送ってきたわ。
ケイト:あれなら、問題なく村に着けるはずよ。
ト書き:アナスタシアの向かいに、ケイトは座る。
アナスタシア:ふーん。よかったわね。
ケイト:あなたこそ、伝えられたの?
アナスタシア:えぇ。一網打尽になったわよ。
ケイト:そう……
ケイト:ニンゲンたちは、どうなったの……?
アナスタシア:……さぁね。
アナスタシア:生け捕りにするならともかく、処理するのはあたしじゃないから。
ケイト:……つまり、みんな殺しちゃったの?
アナスタシア:そうなんじゃなくて?
ケイト:……
アナスタシア:なにか、不満でもあるのかしら?
ケイト:……今回は何も言わないわ。
ケイト:事情が事情だものね。
アナスタシア:……そう。
ケイト:それより……
アナスタシア:ん?
ケイト:どうして逃がしたの?
アナスタシア:あの子の事?
ケイト:そう。
ケイト:てっきりあの場で噛みつくかと思ってたわ。
アナスタシア:そんなことしようとしたら、すぐに止めるでしょ?
ケイト:でも……それくらいの覚悟はしてたわ。
アナスタシア:ま、あなたがあんな約束しちゃったなら、破るわけにはいかないでしょ?
アナスタシア:感謝してちょうだい。
ケイト:……
ケイト:ありがとう
アナスタシア:……いいのよ。
ケイト:……
ト書き:2人は向かい合って、なんにも言わずに座っている。
アナスタシア:なによ?
ケイト:似てたわね。彼女。
アナスタシア:似てた?
ケイト:あなたが昔、食べたニンゲン。
アナスタシア:…………
ケイト:思い出したから、噛みつけなかったの?
アナスタシア:よしてよ。
アナスタシア:もう20年も前の話よ?
ケイト:そんなに経つのね……
アナスタシア:そうね。
ケイト:……ニンゲンに興味のないあなたが、よく覚えてたわね。
アナスタシア:…………
ケイト:それに、食べ物まであげるなんて……。
ケイト:やっぱりまだ、悪いと思ってるの……?たしか名前は……
アナスタシア:そこまでよ。
アナスタシア:そんなつまらない話は。
ケイト:……
アナスタシア:それより、森から変なニンゲンがいなくなったんだから、潰された花とか、ほっておいていいの?
ケイト:……そうね。様子をみに行かないとね。
アナスタシア:じゃあ、はやく行きなさい。
ケイト:……
ケイト:そういえば……今回は、血は吸わなかったの?
アナスタシア:今回のニンゲンのこと?
ケイト:そう。どうせ捕まえたニンゲンから色々事情を聞いたんでしょ?
アナスタシア:そうだけど……そのまま置いてきたわ。
ケイト:よかったの?それで。
アナスタシア:あんな腐りきったニンゲンの血なんて、いらないわ。
アナスタシア:そもそも、あたしたちはそんなに血は吸わなくても生きていけるわ。
ケイト:それもそうね……。
ケイト:それじゃあ……森へ行くわ。
ケイト:ちゃんと、死体が処理されてるかも見ておくわ。
アナスタシア:ハイハイ。
アナスタシア:気を付けてね。
ケイト:えぇ。じゃあ、またね。
ト書き:そういってケイトは、森へと消えていった。
部屋にはアナスタシア1人となって、シンとした空間となった。
アナスタシア:あのニンゲンの味……
アナスタシア:忘れることなんてできなくてよ……
続く
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