【小説】相合傘(4)

 僕はその日、翌日友人と会う約束をしていたので一度帰宅し、二日後に何日か泊まれる用意をして、再び彼女の家に向かった。両親には「清掃関係の企業のインターンシップ」だと伝え、一週間ほど滞在し、彼女が僕にしてほしいことの一通りをさらった。やはり彼女はお金持ちの良家の人らしい、安上がりだけれども時間のかかる在来線とバスの乗り継ぎではなく、遠慮なく新幹線を使いなさい、と、交通費や移動中にかかった食費などは彼女が全額持ってくれた。
 だが、どうして女性ではなく、男性である僕を採用したのかは、彼女も僕もすっかり忘れていて、今もってまだ聞けていなかった。
 夏休みが終わり、大学の後期の授業が始まってからは、金曜の授業を午前中しか入れていなかったので、その授業が終わり次第、すぐに学校を出て、東京駅で適当な弁当を買い、新幹線に乗って軽井沢へ。いつも車で迎えに来てくれている彼女と合流し、時にはアウトレットで買い物をして帰宅し、月曜の朝に東京に戻る、という生活を繰り返していた。季節が巡り、冬になると、雪かきの仕事も追加された。
 滞在中、僕には離れの一室が与えられた。彼女曰く、両親が健在だった頃は、彼らがここで寝泊まりしていたという。和室と洋室とがあったが、田舎の一軒家育ちの僕は和室に慣れていたのでそちらを選んだ。
 そして、期末試験も終わった二月、僕は両親と兄に、インターンシップで行った先で内定をもらったと伝えたが、彼らは大層喜んでいた。三年生の終わりまでに、卒業論文のゼミ以外の単位は既に完璧に取り終えており、それだと通学も月に一、二回程度だと先輩から聞いていたので、一人暮らしをしていたアパートを引き払い、履歴書に書くために何となくやっていた、配達系のアルバイトも辞め、完全に生活の拠点を彼女の家に移すことにした。
 ところが、引越業者に荷物の運搬を頼み、到着する日に、いつものように軽井沢に向かい、彼女の運転であの家に向かうと、引越業者が来る時間がまだであるにも関わらず、家の中に、見知らぬ男がいたのである。確かに、募集は二人ほど、とあの時の紙に書いてはあったが。
「初めまして、ここで一緒に働くことになりました、鎌谷健人です! 水戸さん、よろしくお願いします!」
「あ、うん、よろしく、お願いします……」
 長身の僕よりも背が低い、男性の平均身長ぐらいの男だった。普段、寡黙な性格だと自覚している僕とは真逆で、よく喋りそうなテンションの高い人であった。
 しかし、本邸と離れ、それにガレージ、どれも外見は立派ではあるが、ガレージはともかく、住まう建物の中はそれほど広くはなかった。これぐらいなら、お手伝いさんは僕一人でも十分ではないだろうか。僕はそんな疑問を抱いていた。
「えっと、これぐらいの広さなら、僕一人でも十分ではありませんか」
 鎌谷とやらは、僕と同じく、コーヒーが趣味だという、前回来たときにはなかったサイフォンでコーヒーの準備をしていた。手を洗いに洗面所に行きながら、彼女にその疑問をぶつけた。
「私も、最初はそのように考えていました。けれども、日曜はお休みにするとしても、週に六日、ずっと一人に、こちらが指定した家事をさせ続けるのも考え物だと思ったのです。ですから、二人での分担制にして、一人にかかる負担を減らそうと思いまして」
「なるほど」
「ええ。なので、また後で話し合いますけど、それぞれの得意なことを優先してもらって、そうでもないものについては、二人で手分けして、という感じがいいかなと。例えば、水戸さんはお料理が得意でしょう? でも、鎌谷さんはコーヒーやお茶を淹れるのは上手なのですが、お料理はあまり得意ではないようです。その辺を、上手く補いあっていければいいのではないでしょうか」
「そういう考え方だったんですね」
 手を洗い、冬場なのでうがいもしっかりとしてからリビングに戻ると、コーヒーのいい香りがしていた。
「ミルクと砂糖は」
「私はミルクで」
「僕はブラックでいい」
「はいよー」
 トレイの上、ソーサーに載せられた、湯気が立ちのぼるコーヒーカップが三つ。家主の分には、小さな入れ物に入ったミルクが添えられていた。彼の分には何もそのようなものはなかった、彼はブラック派なのだろう。
 時刻は昼下がり。一口、それを飲む。
「……モカか」
「お、正解。もしかして、君もコーヒーに詳しかったりする?」
「まあ、好きではある」
「おー、仲間だ仲間だ。後であのサイフォンの使い方教えてあげるよ」
「うん、よろしく」

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