【短歌&ブックレビュー】「空白」(『世界でいちばん透きとおった物語』と「A先生」)
杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』(新潮文庫nex)を読みました。
最近話題のベストセラーだから、という理由ももちろんあるのですが(新潮社文庫nexのX(旧Twitter)情報によれば、既に34万部とか!)、「Book Bang」に掲載された杉井光さんのインタビュー『元〝高卒ニート〟が今一番話題のベストセラー作家へ!「中二病は正しく使えば武器になる」』(←すごいタイトル!)を先に読み、大いに興味を引かれたからでもあるのです。該当部分を以下に引用します。
つまり、子供の頃に読んだ「一冊のミステリ」が、この『世界でいちばん透きとおった物語』の「原体験」になった、と作者の杉井さんは語っているわけですね。
その「一冊のミステリ」が何だったのかが気になるのは、わたしだけではないはずです。
ではここで、『世界でいちばん透きとおった物語』の帯を見てみましょう。
「父親の本棚にあった」ということは、古いミステリであったことを示しています。しかも「人生で一番驚いた」と言うほど衝撃的な作品。更にそれを「原体験」として書かれた『世界でいちばん透きとおった物語』の帯の言葉――「電子書籍化絶対不可能」、「❝紙の本でしか❞体験できない感動」。
ここまでで、わたしは小学生の杉井さんが衝撃を受けたミステリが何だったかわかりました!
皆さんは、おわかりですか?
あらら……「南ノめ、ミステリファン気取りで、何を偉そうに!」というツッコミが今聞こえましたよ。
まあ実際のところ、ちょっと得意げに小鼻をうごめかしていることは否定しませんけれど。(否定しないんかい!)
……さて、冗談はさておき。
実は杉井さんが「原体験」だという作品は、ミステリ好きの中では超有名作です。「気づいた」なんて得意になっていては、それこそ失笑されてしまうレベルの名作ミステリです。
でも、世の中はミステリファンばかりではないんですよね。いや、ミステリファンじゃない人の方がどう考えたって多いはずです。
だから、そういう方のためにその名作ミステリを紹介することには、多少なりとも意義があるのではないかと思ったのです。
え? いいからはやくその作品を紹介しろって? はいはい、わかりました。これです。↓↓
泡坂妻夫『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』(新潮文庫)。
表紙を見ると、なんともとぼけた感じ(驚天動地の名作ミステリなのに!)ですが、あえて言いましょう。この本を最後まで読んで、その前代未聞の仕掛けに気づいた時、びっくり仰天しない人はいません!!
しかもその仕掛けとは、「紙の本」でしか成立しないものなのです。
けれども世の中、ミステリファンじゃない人が多いだけでなく、疑り深い人も多いので、「南ノが勝手にそう思ってるだけじゃないのか」と思うむきもあるに違いありません。そこで、『世界でいちばん透きとおった物語』の巻末の杉井さんご自身の言葉を引用しておきます。
この「A先生」が「泡坂妻夫」を指しているのは言うまでもありません。しかも、そう、「同じ新潮文庫」なのです。
残念ながら、「紙の本」というものが、いずれ滅んでいくものであることは、現今の出版状況を鑑みて、もはや疑いようのない事実だと思われます。
でも、2023年、かつて泡坂妻夫『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』を出版した新潮社が、もう一度、あえて紙の本でしか成立しない仕掛けのある『世界でいちばん透きとおった物語』を世に出したことは、その不可逆的な流れにあえて逆らう試みとして、あるいは、時代に対する一つのささやかな抵抗として、ミステリの歴史に記録されるべき出来事だったのかもしれません。
とにかく、今回ご紹介した二冊は「ネタバレ絶対禁止!」なので、うっかり余計なことを口走らないよう、この辺で止めておくことにします。
『世界でいちばん透きとおった物語』の帯には、前掲の惹句の他に、あの北村薫さんが言葉を寄せています。さすがはミステリの大御所! ネタバレ無しで、この作品をものの見事に紹介されているので、最後にその言葉を引用して、拙文の締めくくりとしたいと思います。
ちなみに「」の間の空白は、五文字分です。