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夜行列車 サンライズ出雲

2024.03.03

わたしは、今夜行列車に乗っている。

とても楽しいものだ。
ベッドにあぐらをかき、窓のへりに腕を乗せて
ずっと車窓の景色を眺めている。

列車の影が、地面を移ろいゆく。

時々止まる駅は奇妙なほど明るく
ホームには誰一人いない。
そのひかりだけが
電気のついていない部屋を照らす。


壁にもたれかかり、すぎゆく街をずっと眺める。
不規則な揺れと音に身を委ねる。

夜の1時までは
友人とおつまみを食べながら
語り合っていた。

今は深夜2時。
そろそろ眠ろうかと横になると
夜中の空と雲が見えた。

寝るのが惜しい。

わたしは結局起き上がって
窓の外を眺めることにした。

いくつもの景色が過ぎ去って
私をどこかへ運び行く。

私はひたすら進む。
元いた場所を置いて、
時間すらも過去すらも
すり抜けるようだった。

わたしは人生において
今まであったことを
心に浮かぶままに追いかけた。
風景と共に、浮かんでは過ぎ去るものたち。

そして、景色の中にある
数多の人生を想った。

全ては彼方へと去る。

でも、わたしはここにいる。
私はどこへ行くのか。

移りゆくすべての景色の中に
わたしがいる気がした。
どこにだって、私がいる可能性があった。 

暖かな光を放つ集合住宅。
真夜中のアーケード。
道路、踏切、ガレージのある家。


わたしはそこに暮らすことになるかもしれない
暮らしていたかもしれない
あるいは、暮らしているかもしれない。
そんな奇妙な感覚になる。

わたしがここにしかいないことが、不思議だ。

わたしは、車窓の街を気ままに彷徨う
幽霊になったみたいだった。

全ては他人事であり、また私事でもある。

思えば、夜2時の街を
こんなに呑気に眺めるのは初めてのこと。

朝4時、
起きない方が良いかなと思いつつ
一瞬だけ顔を上げようとして
窓枠に肘を思い切りぶつけた。

それで目が覚める。

大きめの駅を通り過ぎたので
今ここはどこかな
と地図アプリを開くと
どうやら新大阪。

大阪の街だ!
と一気にテンションが上がり
そこからはまた座って車窓を眺める。

以前、大阪城を訪れた際
立ち寄った駅前の景色を通り過ぎた。

知っている場所だ
と、思っているうちに
あっという間に大阪に着く。

土地勘が無くなってきたので
地図アプリをつけて
列車が進むのを眺めた。

あっという間に神戸。

誰かいないかな、と5時前の街をながめた。

チェーンの松屋やセブンイレブンは開いていた。
おそらく誰かは中で働いているはずなのだが
人影までは見えなかった。

そして、誰もいない駅前にぽつり
商店街にある昔ながらの電気屋の
おじいさんがやっと一人目。

訪れたことのない街の
わたしの知らない日常がそこにあった。



神戸からは、海沿いをしばらく走る。
といっても、夜だから
チラチラ見える船と対岸の景色以外は闇に紛れる。

また、月を見つけた。
まだオレンジ色の月だ。

姫路城は、わたしの車窓と
反対側にあるので
ラウンジに観に行こうと思い立った。

見えるかなんてわからないけど
後悔なく行動することこそ大事。

列車が駅に止まると
しんとしたホームに幾人かが降りていった。

列車が走り出した時、
以前姫路に訪れた時に歩いた
駅からお城がまっすぐ見える道の街灯が見えた。
お城は見えずとも、それでなんと無く
姫路城が何処にあるかが分かった。

こうして、思いを馳せられるだけでも
楽しいもの。

5時50分過ぎから
空が微かに色彩を持ち始め
朝の気配が近づく。

いくつもの山たち
そして、どこまでもついてくる
お月さま。

そして

だんだんと

夜が明ける。

朝6時の田園風景。

しばらくすると
電車は岡山駅に近づき
サンライズ出雲と瀬戸の切り離しの
アナウンスが室内に流れる。

そして、岡山駅に到着する。

到着した途端
サンライズ瀬戸の出発を
映像におさめようと
ホームを何人もの人が走る。

わたしはのんきに朝食がわりの
チョコチップスコーンを食べ、
景色に夢中でほとんど読めなかった本を
少し読み進めた。

友人は、ホームを走る集団に混じり
切り離しをばっちりと
動画におさめたようだった。

その報告と共に朝の挨拶が送られてくる。

ついでに7時過ぎごろ、
またお互いの部屋に集まると約束する。

倉敷に向かう途中
日の出が見えた。

やはり、サンライズ出雲から
日の出がみれるのは嬉しい。

倉敷駅に着くと
もうホームにも電車にも
通勤途中の人々がいた。


夜は明けたのだ。
なんとあっという間のことだろう。

なんだか少し、非日常から
戻ってきてしまったような寂しさを感じる。


朝の光が、車内にも差し込む。

何と無く
部屋の様子を写真に収めたり、

美しい景色を堪能したりして過ごす。

7時30分、友人が
わたしの部屋に遊びにきた。

列車はトンネルを抜け

林を抜け


霧の中を抜け

気がつくと雪景色だった。

思わぬところで現れた雪に
友人と驚きつつ
いまさら服装の心配をする。

上石見駅に着くと
目の前にはホームに薄く積もる雪。
地面に積もる雪を
こんなにじっくりと間近でみれることも
なかなか無い。

列車はまだまだ進む。


・ 

美しい村も通り過ぎる。


風景はどこまでも連なっている。
 

車窓からみえる景色は
まるで永遠に続く絵巻物のようだ。

一瞬たりとも見逃すことは出来ない。

持ってきた本も
眠れるかという不安も必要なかった。

夜行列車とはただ
ベッドに腰掛けてゆったりと
風景を眺めるためにあるものだった。

出雲駅に着くとなんだかもう
一つの旅を終えたような
気分だった。

旅の一日がこれから始まる
という実感はまだ湧かなかった。


今回は往路だけなので
帰りも乗ることは出来ないけど

必ずまた、夜行列車の旅をしたいと
強く思った。



おわり

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