永遠のゆく先へ #1「星降る少女」

おいおい、何泣いてんだよ?

そういうときこそ、空を見上げて。

何億光年も離れたこの星たちに比べたら、

ちっぽけだろ?私達って。


そろそろ時間みたいだね。

最後に、これだけは忘れないで。

いつか、かならず、

私達のところへ戻ってきて。


暗くてじめじめした4畳の部屋でマリは目覚めた。さっきまで夢の世界にあった意識が、急速に現実へと引き戻されていく。どんな夢だったかを思い出そうとしたが、すでに記憶の海の底に沈んでしまっていた。

マリは現実よりも夢のほうが好きだった。空を飛んだり、洞窟を探検したり。もちろん怖い夢もあったけれど、それはそれで感情が揺さぶられるし、起きたときに安心するのもまた一興。それに比べて、現実は退屈で、孤独で、苦痛だ。

マリは目を開けて、くすんだ天井を凝視する。いやに頭が冴えている。嫌な予感がして時計を見ると、すでに出発時刻の5分前になっていた。

〈2028/11/10(金) 7:55:12〉

飛び起きて、リビングに駆ける。食卓にはパンとサラダが並べてあった。ご丁寧にジャムとマーガリンも添えてある。もちろん塗られてはおらず、セルフサービス。

「遅いじゃないの」と言ったのは、呑気にニュースの占いコーナーなどを見ている母。「なんで起こしてくれなかったの?」とマリが迫ると、「たまには一人で起きれるようになりなさい」と軽く返す。

「せめてジャムくらい塗っておいてよ」

飯を食っている暇などない。今すぐ着替えて家を出ないと、学校に間に合わない。今月あと1回遅刻したら、生活指導の先生からのありがたいお言葉をたっぷり1時間聞かされることになる。

『おひつじ座のあなたは……残念! 12位でした! ラッキーアイテムは、天体望遠鏡!』

爆速で身支度を済ませ、20分遅れで家を出る。靴を履いていると玄関に母がやって来た。

「くわえてけば? パン」

少女漫画じゃないんだから。と心の中で突っ込みながら、「いってきます」と家を飛び出した。

「いってらっしゃい」と手を振る母の後ろで、テレビのニュースには、ぼんやりと輝く赤い星の映像が映っていた。


「はい、利根川、3秒遅刻〜」

酸欠になりそうなほどの走りにも関わらず、時はすでに遅かった。クラス中の視線は、教室の入口に立ったマリに向けられていた。静まり返った教室内で、残酷にもチャイムは流れていく。

何を隠そう、マリは遅刻の常習犯なのだ。クラスでは無口で友達もいなくて浮いている彼女の唯一の特徴、それは遅刻だった。今頃、キラキラキャピキャピしたダンス部やバスケ部たちの部室の中で、妖怪遅刻女として名を馳せているに違いない。トボトボと自分の席へ歩いている間、そんな妄想が止まらなかった。

とはいえ、たったの3秒も許してくれない先生も先生だ。先月、2時間も遅刻してきた男子がいたが、彼はその1回しかカウントされていなくて、5分以内の遅刻を3回した自分はアウト。時間で考えれば彼のほうが多いのに。そんな理屈が通るはずもなく、生徒指導室に呼び出され、ちゃんと説教された。よく毎回同じテンションで怒れるものだ、などと達観してみるが、辛いものは辛い。マリは怒られるのが何より嫌いだった。

こんな日は、もうパーっとやるに限る。とはいえ高校生にできる「パーっと」の程度など限りがあった。それがマリであればなおさら。

実はマリには、前々から行ってみたかった場所があった。それは、おしゃれな図書館。高名な建築家がデザインした、幾何学的な外観と内装が美しい図書館だった。


いつもと反対方向の電車に乗る。この日常からの逸脱が、不安感と同時に高揚感を感じさせた。マリにとって、道草を食うということ自体が、ほとんどあり得ないことだった。

目的の駅にたどり着いた。しばらく歩いて公園に入り、その中のひときわ目立つ建物へと向かう。

回転式の入口。その入口の目の前で、ふと足が止まる。

足が震えた。どうしても一歩が踏み出せなかった。

今更何をためらうことがある? もうここまで来てるのに? そう言い聞かせても、だめだった。いつの間にか体は反対方向を向いていた。

マリは、未知のものをとにかく怖がる。実は、学校帰りに何度もここに来ようとしていて、直前で思い直してやめているのだ。マリは、歩いたことのある道しか、入ったことのある店しか、食べたことのあるものしか、体験しようとしなかった。憧れはしても、決して自らのものにしようとはしない。

気がつけば、帰りの電車に乗っていた。外は暗くなりはじめ、乗客もだんだん増えてくる。

家の最寄駅まで着いた。ここまで来て最後の足掻きとして、近くの市民公園まで歩いて行った。もう完全に外は暗くなっていた。

マリは公園の一角にある階段を登り、その先のベンチに座った。

情けない。わざわざあんなところまで行ったのに。交通費が無駄になった。私はずっとこうだ。なんでこうなんだろう。学校には友達もいないし、怒られるし、勉強も苦手だ。なんのために生きてるんだろう。

いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、涙が出そうになった。

「はぁ……」

心からのため息だった。そのとき、前の方から声がした。

「本当だよな」

マリは驚いて、顔を上げる。そこには一台の天体望遠鏡、そしてフードを被った人がひとり。

「ため息が出るほど美しい空だよな」

そう言ってその人は振り返る。彼女は、マリと同じくらいの年の女の子だった。眼鏡をかけていて、偏見かもしれないけど、いかにも賢そうだ。

空、そう言われて、マリは上を見上げてみた。たしかにそこには、美しい星星が広がっている。プラネタリウムほどじゃないけれど、思ったよりたくさんの星が見える。いつでも見れたはずのこの星空に、私は今の今まで気づかなかった。

「どぉ、感動した?」

そのとき、マリの額に一筋の涙が伝っていった。ライトの反射でキラリと光る。

「泣くほど感動したのか! ……君、なかなか見る目あるね」

仲間を見つけたとばかりに、とても嬉しそうだった。でも、申し訳ないけど、星たちはこんなに命を燃やして輝いてるのに、私なんて……と思っちゃうんだ。

「ここはさ、この公園の中で、一番高くて、よく星の見えるところなんだ。ちなみに今は金星と木星が近くに見えるんだ。よかったら覗いてみるか?」

彼女は望遠鏡を指さし、笑顔でマリを誘う。

「いいの……?」

そのとき、一瞬衝撃が走った。次の瞬間、遠くの空にまばゆい光が現れた。

「おわっ!? なんだなんだ!?」

彼女は急いで望遠鏡を覗く。

「まぶしっ! こんなの聞いてないぞ……流れ星にしては明るすぎる。ベテルギウスの方だ。まさか……いや、そんなはずは……」

その光はどんどん大きくなっていった。

「これ、もしかして、こっちに近づいてるんじゃないか!?」

彼女は望遠鏡から目を離し、直接目で光を追う。光は七色に輝きながら、風を切り、明るさと大きさを増していく。それは斜めに落ちてきて、あるところで後方へとすり抜けていった。

衝撃音。

「……あっちは、森の中だよな?」

彼女が指さしたのは、後ろにある林だった。公園の敷地内にある林だ。

「行こう」

「えっ……」一瞬マリは躊躇った。だが、

「いいから!」

彼女はマリの手を掴み、走り出した。

「……え、えぇっ!?」
「嫌なの?」
「別に……嫌じゃない……ですけど……」
「じゃあ行こうよ!」

草をかき分け、木々をくぐり抜け、

木々の間の開けた場所に、それはいた。

「あれって……」

そこにいたのは、白いドレスを着た、美しい少女。ぼんやりと発光していて、バレリーナのようなポーズで宙に浮かびながらゆっくり回転している。少女の目は閉じたままだった。

慎重に近づき、その手にそっと手を重ねてみると、少女に重力がゆっくりと戻っていくかのように地面に落ち、そして倒れた。

「あっ」

マリはそっと倒れた少女の上半身を起こす。少女はゆっくりと目を開けた。

「ここ……は……?」

困惑しながら辺りを見回す少女と、それを見つめるフードの子。

「まさか、記憶喪失? あなたは誰?」

降ってきた少女は、しばらくして答えた。

「私は……」

「私は多分、この星の者ではありません」

「は?」

「帰らなきゃ……私の星に、帰らなきゃ!」

(続く)


あとがき

「永遠のゆく先へ」の第1話、最後までお読みいただき本当にありがとうございます。

この小説はジャンルで言うならば、青春SF冒険ファンタジー(?)といったところです。あとで結構ダークな展開とかも出てくる予定です。

実はこの小説、5年間ほど温め続けてるんです。何話か書いてみたりもしましたが、そのときはまだ科学知識が足りなかったりとか単に文章力がなかったりとかでうまくいかず、ずーっと放置されたままでした。設定の一部は別の作品で流用したりはしていたものの、いつかはこの作品に挑戦したいという思いが最近は日増しに大きくなっていき、ついに書き始めることにしました。

私にとっては長編は初めてなので、この作品を書くにあたっていろいろルールを決めたいと思います。ひとまず最初のルールとしては、「1話あたり5000字以内」というルールです。まあ単純に長いのは読むのが大変だろうということ、そして潔く短くしたほうが思い切りが効くだろうということです。今まで3万字とか書いて納得いかずに公開してないということがあったので。

それとこのあとがきは毎回は書くつもりはありません。書きたいことがあったときだけ書きます。

というわけで、今後も「永遠のゆく先へ」をよろしくお願いします!


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