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短編小説【聴けばめでたき千代の声】三

第三声:真夏の盗賊

最近のカブトムシ捕りは親が車で夜の山に子供を連れてきて行うのが「普通」らしい。
わたしの住む山の住宅地の夏は毎夜、そういう家族・若者が絶え間なく訪れる。
騒がしのは勿論のことライトの光もウザったく、木をゴンゴン棒で叩く音も神経を逆なでる。此処に住む住人のジジイババア以外は大体そういう奴らにうんざりしている。
過激な住民は警察に通報するなどして、なんとかそういうカブトムシ採取族を撃退しようとしているが無駄な事。
カブトムシを車で探しに来るなど「世も末」と言えるが、この世は、この日本はとっくの昔から「末」だから、そんな事は鼻くそ程度の事とも言える。
わたしは全ての感覚が野生動物レベルに敏感で、夏の夜は神経がゲバゲバに逆立つ。
カブトムシ採取族が現れると、まずうちの犬が激しく吠え出す。続いて、それに反応した雄鶏が鳴きだす。更にはガチョウがパニックを起こして強烈な叫びをあげる。シナガチョウだから”鳴き”は最高にでかい。それが明け方まで断続的に起こる。近隣住民の家の犬も頻繁に吠えるため、この山の住人の夏の夜は悪夢の連続。
ある夜、わたしは裁縫で夜更かしをしていた。その時に親子の会話が聞こえてきた。
「鶏がないてるよ~。ママ~、ゆーちゃんも鶏欲しい!」
「鶏なんかお世話できないでしょ?」
という具合の会話で最後の台詞が気になった。
「じゃあ、明日の昼間に鶏捕まえに来ようか?」
まじかよ。と、思った。
野生の鶏などあり得ない。完全な野生で鶏は生きられない。もって二~三日だ。夜行性種族(フクロウなど)が現れれば鶏など一瞬で捕獲されてしまう。
わたしは次の日に注目していた。本当にその親子が現れるのかと。
翌日、親子は現れた。うちの鶏を放鳥している時間帯だったから鶏はその親子にバッチリ見えていた。
「あの白い鶏がいい!」
クソガキが言った。わたしは窓越しに親子を見張っていた。クソガキはなんと網まで持っている。
こんな事が本当に起こるものなのかと、わたしは自分の常識を疑った。
親子は自分達が踏み込んだその地がわたしの敷地内である事の自覚が無く、本気で野生の鶏と思っている様子で「白い鶏」すなわち「セト」(鶏の名)を狙ってきた。いくらセトでもガキの網には掛からないがこれはもう完全にアウトだ。
わたしはウッドデッキに出ていき親子に向かって叫んだ。
「うちの鶏だからやめてくんないー?しかも、ソコうちの敷地内だから。」
親子は不審そうな感じで「え~、そうなんですか~?」
呑気な感じが一段と腹立たしい。
車に戻るガキが「明日また来ようよ~」と言ったのが聞こえる。
これは時代錯誤な行為であり、現代でなければ親子は普通に「痛手」を負っていただろう。
家畜を狙う盗賊はただじゃ済まない。でも、今の時代なら「痛手を負わすこと」が許されない。全く奇妙で不条理な時代だ。

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