【覚書】父の手帳

父の部屋を整理した。
ゴールデンウィークのことだからもう三ヶ月以上前だ。

父の部屋に、大量の手帳が、無造作に、紙袋に入れてあるのを見つけた。
97年とかそんな頃からのもの。
捨てようと思いながら忘れていたのか、それとも残していたのか。
今となっては分からない。

私はその大量の手帳を持ち帰った。

実家に帰るたびに、少しずつ小さくなる父を見ながら、
いつか「余命○ヶ月」なんてことを医者から言われて、
みんなで交代で病室に付き添ったりしながら、
父と二人で過ごす時間ができて、
父と最後に何を話すのかなあなんて、ぼんやりと想像することがあった。

現実には、父は突然に亡くなり、
父と語り合うことなどなく、父を失った。

もしかしたら、手帳に何かしら私へのメッセージとかあるんじゃないなだろうか、
なんてことを期待しながら持ち帰った大量の手帳。

その中は、様々な日々のメモや予定で、
私のことなんて１割にも満たず。
たまに出てきても、
「広海は最近ミーハーだ。」とか
「広海がカメラを無くした」とか一言文句。
まあ…そんなもんなのかもしれない。
父の書斎（というより仕事部屋）に、私と次兄が家を出てから
父に宛てた手紙が残してあって、
その中身は事務連絡ばかりで、体に気をつけての一言もないような
ものなのに、何でも捨てる父がそれを残していたことに、
それだけで十分なように思った。

私に宛てた言葉はなかったけれど、
父の遺した手帳はどれも父そのもので、
大嫌いなタバコの匂いすら、
父の匂いのようで、
何年か経ってこの匂いが消えてしまうのかもしれないと思うと、
読んだら処分しようと思っていた手帳は、捨てられない、と思った。
無印で全部入りそうな箱を買って
それに仕舞っている。

父は心に残ったフレーズを書き記す癖があり、
テレビで見た言葉だの、本で読んだ言葉だのが不意に書き残してある。
出典がなく、突然、名言のように書いてあるので、
時々、父の言葉か？と思うが、こんな良いことを言うわけない、とも思う。
それを読みながら、「お父さんってほんと、理解できない」と母が言うのだが、
実は私もセリフや気になったフレーズをメモしておく癖があるので、
父譲りなんだなあと実感。

自分の妹と喧嘩した時のことが書いてあったり、
「○○（母）、最近文句が多い」と書いてあったり、
あとは仕事のメモ書きや
旅行、飲食にかかったお金や「今年は雪が多い」など。

不思議なもので、名言や誰かがこう言ったなどは書いてあっても、
それに対して自分がどう思ったかは書かれていない。
妹と喧嘩した内容は書いてあっても、言われたことに
自分がどう思ったのかは書かれていないし、
名言が書き込まれていてもそれに自分が何を感じたかは
書かれていない。

けれど、そこには確かに「私の父」が居る。
私が「父」として見て過ごしていた時間、
お父さんはこんなことをしていたんだなとか
こんな人と話していたんだなとか、
その時聞いていなかった話を
時間差で聞いているような感じだ。

私には「父」でしかなかったけれど、
当然ながら、「夫」であり、「兄」であり、
一人の人間であった人がその中に居る。

特別なことが書いてある訳ではない。
新しい発見があるほどでもない。
そこには知っている「父」がいるし、
私が見てきた人がいる。

ふと、私が今書いているnoteもそんな風に子どもたちに
読まれる時が来るのだろうか、と思う。
今は恥ずかしくて読まれたくないけれど、
もし私が不意にいなくなることがあって、
私のパソコンをひらけば、note はいつでも見られる状態になっている。
恥ずかしいから、私がいつか終活をするような日がきたら、
閲覧できないようにしようとか思うのだけれど、
まだまだ残しておきたいし自分が読み返したい。
私も、父と同じように手帳に、時々、日記のようなことを
書き込んでいるが、
いつか捨てようと思いながら、それも何年も捨てていない。
子育てのこととか、夫にはらわたが煮えくりかえるほど怒ったことなどが
書いてある。
目標、とか夢、なんてものも書いていたりして、
不意に私がいなくなっちゃって
これを読まれたら恥ずかしい、なんて思うのだけれど、
これを読んで子どもたちは私を感じたりするのだろうか。
それとも、新しい発見をしたりするのだろうか。
noteも間違いなく私が日々感じたことや
思いを吐露する場であって、
なんてことのない日常や、なんてことのない独り言だけれど、
誰かにとっては意味ある言葉なんだろうか。

父の些細な日常を見ることで、父を感じる私のように。

どんな形であれ、書き続けて、
どんな形であれ、子どもたちに残ればいい、と思っている。