《小説》GINGER ep.14

ep.14 夢追い人  怜生



「ねぇ怜生。審査員特別賞って結局何位なの?」



メイクを落としながら絵麻が小声で聞いてくる。
GINGERは、優勝を逃し、代わりに審査員特別賞に選ばれた。



「優勝、準優勝、審査員特別賞、だから、まぁ三位なんじゃない?選ばれるだけでも凄いけど、まぁミクは納得いかないだろうな」



横目にミクを見ると、落ち込んでいるのを隠せないままドレスを畳んでいる。
分かりきっていた結果とは言え、流石に少し胸が痛い。



「私がちゃんと歩けてれば…」



「いや、今回は絵麻が完璧に歩けてたとしても優勝はなかっただろうな」



「何でそんな事言うの!」



「優勝チーム、圧倒的に一般投票の数が多かったろ。それは、今すぐにでも着たいって人が大勢居たって事だよ」



「ミクのだって、私はずっと着てたい」



「ミクのはレベルが高すぎたんだ。普段着として着るには難しいだろ。撮影とか、衣装とか、きっとそっち方面で仕事がもっと来るよ」



「大衆向けにするか、ブランドを守るか、って事か…。何か、難しいんだね」



まだ絵麻と出会う前、ミクからコンテストの事を聞いた時、すぐに反対した。
ミクの服は、学園祭のような場所に出す物じゃない。
どんなに最高に仕上がっても、優勝なんか無理だと分かっていたから。



このコンテストは、少しハイレベルだけど手が出しやすい服を大衆向けに売り出すブランドの
選抜コンテストだ。
元々、作品として作るミクにとって、このコンテストは趣旨が違う。
でも、名前と服が少しでも広まれば良いと言うので、渋々了承して手伝った。



そうは言っても、負けず嫌いのミクが結果にこだわらないわけが無い。
絵麻のメイクと飾りを取り終えて、片付けをしているミクの隣に座った。
ドレスを仕舞う手が、小さく震えている。



「悔しいのか」



「怜生の言う通りだった。それが悔しい。絵麻は最高だったし、服だって私の最大限だった。でもまた、チャンス逃しちゃった」



彼女の大きな瞳に、涙が溜まっていく。
それが落ちないように、ミクは上を向いたり、瞬きをしたりして、無理矢理笑った。



絵麻のウォーキングは最高だった。
話し声も、拍手も、物音すら許さない静寂を作り、圧倒的な雰囲気を魅せた。
最後の拍手は、確実に絵麻に向けられたものだったと思う。




「すみません、GINGERチームの方いらっしゃいますか?」



学生スタッフが、控え室の入り口で大きな声を出している。



「ここです!ミク、行ってきな。片付けはやっとく」



「ごめん怜生、ありがとう」



ミクは涙をサッと拭いて、服と前髪を整え、スタッフの元へと向かう。
何か話した後、驚いた顔をしたミクは、こちらに興奮してるジェスチャーをして、スタッフの後をついて行った。



「ミク、何かあったのか?」



四人分のペットボトルを抱えて、ミズキが戻ってきた。



「多分、良い話だな」



「へぇー。やるじゃん。ま、噂によると審査員特別賞取った奴が一番活躍するって話だしね。アイツは信じてなかったけど」



「そうだな」



「えっ、そうなの!?」



被さるように会話に入ってきた絵麻は、さっきまでの気まずい顔じゃなく、嬉しそうな、泣き出しそうな、変な顔をしていた。



「審査員特別賞ってあったりなかったり、その年によって違うんだよ。で、その賞を今まで取った人はみんな有名な雑誌とか、映画、ドラマの衣装担当になってる。勿論、そこから自分のブランドを立ち上げた人もいるし、パリコレに参加した人もいて、凄い賞なんだ。俺と怜生がどんなに説明しても、どうせ私はって聞かなくてさアイツ。思ったよりネガティブガール」



「じゃあ、今その話をしに行ってるの?」



「恐らくね。何か仕事が貰えるんじゃない?」



「うわあ!そうなったら、ミクも売れっ子になるね!凄いなあ。私も何か見つけたいな」



「絵麻ちゃん、モデルはもうやらないの?」



絵麻は、私物を鞄に仕舞っていた手を止めた。
答えは知ってる。
絵麻はもう、モデルはやらない。



「うん、やらないよ。今日だって転んじゃったし、それに怜生に…。あ、あの拍手だって、ミクのドレスと二人のサプライズが良かっただけだもん」



「八割は絵麻ちゃんに向けてだったと思うけど」



「へへっ。ありがとう。でも、モデルはもういいの。楽しかったけどね!またミクの服は着たいし」



「そっか」



ミズキに笑顔を向けて、絵麻は鞄を肩にかけた。



「私、今日は先に帰るね。水瀬君が学校で編集してるみたいだから、行ってくる。ミクに、お疲れ様って伝えておいて」



「了解だよ」



「おう」



水瀬理玖。
彼は今日まで、ずっと真剣だった。



女の子相手に、あんな失礼な事が言えてしまう彼に、今も腹が立つ。
けれど、カメラへの熱意は、自分らと同じだった。
レンズを覗く彼は一段と美しかったし、絵麻に見惚れるでもなく、ただただ楽しそうに、真剣に、絵麻を撮っていた。

今の彼なら、絵麻を幸せにしてくれるだろう。
そう気付いてから、あの日のもやもやとは違う、よく分からない違和感がここ最近ずっとある。



「怜生。良いの?二人にしちゃって」



「何の話?」



「そろそろ認めたら?お前が相手に合わせて見た目変えるのは、その子に本気の時だって」



「気分だっつーの」



「流石にもうその言い訳は苦しいよ。ミクだって気付いてる。それにプリンス、きっと絵麻ちゃんの事諦めてないと思うよ?」



「だったら何だよ。良いじゃん。絵麻が決める事だし」



「情けないねえ。そうやっていつも逃してるのは誰?一生独りでいるわけ?」



「夢追い人は相手を傷付ける。俺は自分の夢が叶う程、大事な奴傷付けてくんだよ。今日だって、絵麻は怖かったはずなんだ。モデルを続けても、きっとウォーキングをする度に事故と怪我した俺を思い出す」



「それはお前のせいじゃないだろ」



「余計な事しちゃったんだよ。迎えに行こうなんて浮かれてたから。それに俺と一緒になっても、絵麻も嫌になって離れてくよ」



恋愛より夢。
デザイナーを目指すと決めてから、ずっとそうだった。
恋人が出来ても、最後は決まってみんな言う。



【怜生の人生に、私はいない】



一言もそんな事言ってないのに、未来なんて見えないのに、みんなそう言って離れていった。
もううんざりなんだ。
大切にしたい、だから夢を叶えて、人生を成功させる。
それが、相手にとって苦痛なら、寂しいなら、一人でいる方がマシだ。



「それは怜生の夢とかに興味なかった子達でしょ。絵麻ちゃんは違う。あの子は怜生の事しっかり理解してるよ」



「絵麻は友達で良い」



もう誰かを受け入れる心の隙間がない。
自分でいっぱいいっぱいなのに、あんな魅力的な子を手に入れてしまったら、自分が自分じゃなくなるような気がしてしまう。



「強情だねぇ。怜生みたいな彼氏が欲しいって絵麻ちゃん言ってたのに」



「えっ。何でそれ」



「あれれ、もしかして絵麻ちゃん、君本人にも言ってる?きゃー!大胆!よっぽど絵麻ちゃんの方が男前〜!」



「うるせえな」



「ミクなら俺が相手するから大丈夫だよ。荷物は後輩呼んで取りに来させてるから。行けよ」



まだ頭の傷が痛む。
包帯の上から傷を撫でると、ステージの最前線で美しいポージングをした絵麻が蘇った。



ep.15  恋

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