《小説》GINGER ep.10

ep.10 カメラの向こう 水瀬編




まだ、胸の高鳴りが収まらない。



横断歩道を駆け足で渡って来る彼女は、黒のスキニーと白シャツに、深緑のコートを羽織っていた。
真っ赤なパンプスは軽やかな音を立てて、下向きがちだった小鳥ちゃんの背中を押しているようだった。



「私のドキュメンタリーを作ってくれないかな?」



突然の呼び出しに、もしかしたら小鳥ちゃんの気が変わったのではと、自意識過剰な期待を膨らませて、待ち合わせ場所に向かった俺。



本当に恥ずかしかった。
こんな恥ずかしい勘違いないだろ。
何より、彼女がさらに自分を前に進めようと頑張っているのがまた、俺の情けなさを際立たせた。



だから、小鳥ちゃんの願いを受け入れたのは半分、情けない自分を隠す為の格好付けだったかもしれない。



午前10時。
小鳥ちゃんから送られてきた住所に到着すると、「GINGER」と書かれた表札が、入口のドアにぶら下がっていた。



事前にどんな人達がいるのか聞いてはいたものの、怜生君と仲良しって所で、何となく自分と人種が違うのだけは分かる。


恐る恐る、インターホンを押そうと手を伸ばした時だった。



「うわっ!びっくりした、ごめんなさい!!…あれ、もしかしてプリンス?」



「え、プリンス…?いや、あの、水瀬です。カメラの…」



「あーやっぱりプリンス君だ!どうぞ、中入って!私買い物行ってくるので!」



そう慌ただしく飛び出して行った女性は、小鳥ちゃんとはまた違う美しさを纏って、甘い香りを残して行った。
既に怖気付いてしまいそうな自分を奮い立たせる。



「お邪魔します…」



「水瀬君!おはよう。ごめんね、お迎え行けなくて」



中ではもう既に、メイクを始めている小鳥ちゃんがいた。
彼女にメイクをしているのは、勿論、あの彼。
怜生君は手を止め、鋭い目付きで俺に軽く会釈をしてから、すぐにメイクを再開した。
やはり、相当嫌われているようだ。



「水瀬君、はじめまして。ミズキです。さっき出てったのが、今回このドレス作ってるミク。僕らは、まぁアシスタントみたいなもんかな。よろしくね」



「はじめまして。写真で見せてもらったのよりめちゃくちゃドレス進化してますね。凄い。撮影しっかりやらせてもらいます。お願いします」



ミズキと言う人は、見た目とは裏腹に、礼儀正しくて穏やかそうな人だ。
一人こういう人がいるとやりやすい。



「君がプリンスねぇ…確かに、王道の爽やかイケメン。おまけにスタイルも良い。そりゃ怜生もやきもきするわけだ」



「おい余計な事言うな。やきもきなんかしてねぇ」



「はいはい。ま、好きに撮ってよ。怜生の口の悪さも残しといてやって」



「残したら殺す」



いや、とてもやりにくい。
ミズキと言う人のせいで。



早く撮影に集中した方が身のためだと思った俺は、カメラを構えて、メイク中の二人にレンズを向けた。



さっきまで殺気立っていた怜生はもうおらず、真剣な表情でメイクを進めていた。
感じた事のない、静かなのにもの凄い熱を帯びた空気感に、カメラを持つ手が汗ばむ。



本番さながらの真剣さ。
でも、今日はただの試着のはず。
撮影を続けながら、俺は聞いた。



「今メイクも髪も完璧に仕上げるのは、何で、なんですか?ドレスのサイズ感とかが分かれば良いのでは?」



怜生は手を止めず、そのまま答えた。



「今100%出さなくて、本番出せるの?ドレスが完璧でも、絵麻のスタイルとウォーキングが完璧でも、絵麻が完璧なマネキンになれなくちゃランウェイの意味が無い。それを作るのが俺の仕事だから。君は?大事なドキュメンタリー、100%の気持ちで撮ってるの?ずっと本番みたいなもんでしょ」



強い言葉が、身体中を電流のようにピリピリと流れて行く。



素直に悔しかった。
そして、全部見抜かれているようで、恥ずかしかった。



始めて、自分の撮った作品に賞がついた時、周りに敵なんていない、自分が一番優れていると自惚れた。


その後、まともに自分の作品が評価されなくなってから、何が悪いのかも何が良いのかも分からなくなって、一緒に撮影をしようと寄ってきた女子達も皆、俺の気を引こうとするだけで、作品に興味があるわけじゃないと気付いた。



どんな事もきっと、怜生は初めから100%以上でぶつかっていく。
仕事も、夢も、友情も、恋愛も、他人にも真っ直ぐに向かっていく。



小鳥ちゃんが、怜生と進んでいこうとするのも理解出来る。
俺みたいに、周りに惑わされて、評価ばかり気にして、逃げ回ってる奴とは違う。
怜生は格好良い。
中身が、人間が格好良すぎる。


この人みたいになりたい。



俺は、ずっと霧がかっていた目の前が開けていく気持ちだった。
カメラを持ち直して、怜生を映す。




「100%以上で撮ります」




怜生は、手を止めて俺の方を見ると、右の口角を一瞬上げて、



「おう」



と言った。



「ちょっとちょっと、プリンス。怜生ばっか映さないで俺も撮ってよ〜!」




「ミズキさん、座ってコーヒー飲んでるだけじゃないっすか」




「良い男がコーヒー飲んでる画も悪くな…」




「ただいまー!やっと縫い針置いてある店見つけた!ほんっと大事な時に折れるし店は無いし、ってあれ、もうカメラまわってるの?やだ、ちょっとちゃんと仕事してる所撮ってよ!ここはカットねカット!」



「ミク、お前は今、俺のスーパー良い男タイムを邪魔し…」




「おっ、怜生のメイクやっぱり良いね。アイラインもっと濃くしない?」




「やっぱ?俺もそう思った。ここ、色どう?」




「おい。無視すんなよお前ら」




ずっと黙ってメイクされていた絵麻が、我慢出来なくなって大声で笑い出した。



「ミズキ笑かすなよ。今良い所なんだから」



「ねぇ、酷くない?プリンス、どう思う?」



ミズキと言う人のノリに付き合ってしまうと、これはもうドキュメンタリーと言うより、ただの思い出ムービーだ。



「えっ、待って、プリンスも無視?」



俺は、カメラの向こうで繰り広げられる、彼女のターニングポイントを撮り損ねないように、カメラを構え続けた。



ep.11 カメラの向こう 水瀬編

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