《小説》GINGER 最終話


ep.16 GINGER


「まもなく上映を開始致します」



丁寧なアナウンスが流れると、騒がしかった客席が少しずつ静寂に包まれていった。



「あーあ、ついに絵麻の良さが世に知れ渡っちゃうなぁ」



隣に座っているミクが溜息をつきながら、小声で言う。



「ただの大学の発表会で大袈裟だよ…。でも、ちょっと怖いな。調子に乗ってるとか思われないかな」



「ふんっ。そんな事言う奴ら、全員私の服着させて、服に負けたら良いわ」



「相変わらず癖の強い反撃思い付くよね」



桜並木が葉桜になった5月上旬。
水瀬君と共に作った私のドキュメンタリー映画は、自主映画コンテストで優秀賞を飾り、大学での特別上映が行われる事になった。



今日は初日。
両日共に満席になり、私はまだ気恥しい気持ちと不安でいっぱいだった。



ブザー音が鳴り終えると、ランウェイを歩く私の足音とあの日の大喝采が響き渡り、映画が始まった。



映画を撮ろうと決めたのは、ミク達と出会った日の夜だった。
採寸の日から撮影を始め、水瀬君に頼むまでの期間、各自の制作の映像はミク、ミズキ、怜生それぞれに任せて撮ってもらった。
だから、少し荒い映像も所々使われている。



ミクとミズキのドレス制作、怜生の髪飾り制作。
水瀬君に頼んでからの三人の映像は、制作風景だけじゃなく、会話の入るシーンが増えた。



『絵麻はねぇ、ほんっと泣き虫で、うじうじお嬢様なんだけど、スイッチ入るとまじで綺麗で素敵なの。かっこよくて、明るくて、優しくて、まぁその優しいがたまに付け込まれて馬鹿にされたりするんだけど、こんなに心まで美しい子は絵麻が初めて。「GINGER」って、無駄なこと、とか、あなたを信頼しているって花言葉があるの。私は彼女を信頼してる。きっと無駄なしがらみなんて吹っ飛ばして、最高のランウェイにしてくれると思うよ』



自分のコメントなのに、何故かミクが涙汲んでいて、私は彼女の肩を少し叩く。



『あの子、泣き虫でねぇ。俺と違ってピュアな訳よ。それとね、ここだけの話、まだウォーキングがヘッタクソで…。ほら、ね?聞こえた?今の悲鳴。奥で絵麻ちゃんが転んだんだろうね。正直まだ心配だけど、実は転んじゃっても大丈夫な様に、サプライズ用意してるんだ〜!むしろ転んでもらって、使いたいね』



ミズキのコメントに、客席に笑いが起こる。
隣のミクも手を叩きながら笑っていて、私は両手で顔を覆った。



『え?絵麻について?何も無いけど。え?何でも良いから?うーん。とりあえず、絵麻は俺が見つけた最高の原石なんで、彼女が大変身したとしても、自分のものにしようとかそういう下心で寄ってこないで欲しいね。ん?いや、付き合ってないけど?え?そう聞こえる?』



私は更に頭を抱えて顔を隠した。



「ふはははっ怜生ってば大胆。付き合う前からこんな事言ってたんだ、やるう」



「ミク黙って」



『そうじゃなくて、自分の友人、適当に扱って欲しくないでしょ?友達になるにも、恋人になるにも。とにかく今は、絵麻が新しい自分と出会えるように、ミクが夢を叶えられるように、俺は俺のやるべき事をやってるだけ。彼女、きっと最高のウォーキング見せてくれるから、楽しみにしててよ』



「まっ、そう言ってる彼が、恋人になったんですけどね」



「ミクうるさい」



小声とは言え周りに聞こえそうで、ミクの口を抑える。
コンテスト終わりの帰り、公園での怜生の告白に一度逃げ出した私は、数日後、怜生のアトリエに行き、逃げた謝罪と私の気持ちを伝えた。



ミクが私の手を引き剥がすのと同時に、私のウォーキングの練習の映像が流れ始める。
ウォーキング練習の映像は、本当に初めて練習した日の、フラフラした映像だけを使った。



私の頑張りましたって所は必要ない。
ミク達の魔法にかけられて、平凡な女の子が少しずつ背筋を伸ばして、堂々と日々を歩けるようになって行く、そんな誰かを応援出来るような映像にしたかったのだ。
私の撮り溜めたデータに、練習動画がそれしか無かった事から、水瀬君も汲み取って彼も撮らずにいてくれた。



いよいよランウェイ当日の映像。
あの日の興奮と緊張が蘇る。
怜生の映像は手元だけを使い、事故が起きた事は、水瀬君が上手に隠してくれた。
ドレスを着て、メイクを施し、髪飾りを乗せる手前で、映像が切り替わる。



水瀬君がカメラを回し始めた最初の日、さぁ始まるよと、振り返った私の映像から、ランウェイのシーンがスタートした。



私は編集に参加しながら疑問だった事がある。
ランウェイのシーンが、色々な角度から、撮られているのだ。



「サークルのカメラ担当達に頼んだんだ。ごめん勝手に。でも、小鳥ちゃんが頑張るからって言ったら、みんな真剣に撮ってくれたよ。みんな、本当は小鳥ちゃんともっと関わりたかったんだって」



それを聞いてから、今、私はサークルの人達とも仲良くやれている。
私を避けていたのではなく、私がみんなを無意識に避けていたのかもしれない。
それを水瀬君が繋げてくれたのだ。



みんなが撮ってくれたこのシーン。
何度見ても思う。
知らない私がそこにいる。
そして、大好きな私がそこにいる。



もう一度、この私に会いたい。



ランウェイが終わり、映像の大喝采と共に、ホールでの拍手も響き渡り、初日の上映会は大盛況で終えた。



入り口でのお見送り。
ランウェイの日に私を知って、見に来てくれたお客さんが沢山いた事に驚いた。
祖母と遠方から駆けつけてくれた両親は、涙を拭きながら抱きしめてくれた。
親友二人は、自慢だと喜んでくれた。
私を悪く言っていた人達は、何も言わず静かに出て行った。



「なかなか好評だったな」



別の席でミズキと観ていた怜生が声をかけてきた。



「うん。頑張って良かった。怜生のおかげだね」



「きっかけだけだよ。絵麻はこれからもっと自分で輝いてくんだ」



私は、モデルの大手事務所に所属が決まり、来月から撮影が始まる事になっている。
怜生はデザイナーとヘアメイクアーティストとして進んでいく。
ミクはブランド「GINGER」を立ち上げ、ミズキと共にこれから大きくしていくらしい。
水瀬君は、とある映画監督のアシスタントを始めた。



生きるには努力が必要だけれど、間違った努力は自分を傷付ける。
怜生達が教えてくれた。
だから、私は自分らしく生きて行く為に、魔法使いの手を借りながら、私を見つける短い旅をした。



そこで見つけた私は、誰よりも美しく、そして綺麗だった。



How dose it taste?



私はもう、苦い涙を味わったりしない。




fin.

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