《小説》GINGER ep.12

ep.12 ランウェイ前編



スマホが6:00のアラームを鳴らすのを、画面を見ながら待っていた。



リビングではもう、祖母がラジオをかけながら朝ご飯を作っている音がする。
どんなに遅く寝床に入っても、5:00には起床して、私が起きてくる頃には、身支度もしっかり済ましている祖母を尊敬している。



いつもはもう一度眠りに入るのを、今日は体を起こしてリビングへ向かった。



「あら、絵麻ちゃんが早起きだなんて、今日は雪でも降るのかしらね」



「緊張し過ぎて寝てられなかっただけだもん」



「ふふっ。朝ご飯、ミネストローネにしたわ。これならドレスキツくなったりしないでしょう?」



「ありがとう!さすがおばあちゃん。助かる」



今日は、ミクのコンテスト当日。
午前中にセッティングとリハーサル、昼過ぎにはランウェイ本番。
考えただけでご飯も喉を通らなくなってしまう。
って、きっと祖母は分かってて、スープにしてくれたのだろう。



そんな祖母の温かさが、熱々のミネストローネと一緒に緊張した心を解していく。



「絵麻ちゃん?」



スプーンを持つ私の右手をそっと握って、祖母が笑いかけてくる。



「ん?」



「あなたは賢くて、強くて、美しい子よ。何にも恐れることなんてない。着飾ったりしないで、そのまんまの絵麻ちゃんで、歩いたら良いのよ」



「そうかな」




「ええ。私の自慢の孫だもの。モデルをやるって決めた時の絵麻ちゃん、とっても格好良かったし、何より楽しそうだったわ。キラキラしてる今の絵麻ちゃんそのまんまで、大丈夫よ」




「うん。ありがとうおばあちゃん」



祖母は、何でもお見通しってくらい、私がその時欲しい言葉をサラッと掛けてくれる。
友達と喧嘩して落ち込んだ時も、親友と三角関係だと分かってしまった時も、大学受験の時も、最後のひと押しをしてくれるのはいつも祖母だった。




「おばあちゃん、見に行けないからちゃんと映像撮って貰ってきてちょうだいね。楽しみだわ」



「大丈夫。尊敬する友達がしっかり撮ってくれるから」




朝ご飯を終えて、念入りに歯を磨き、髪を整え、顔の保湿をしっかりとして、初めて怜生と夜の街に出掛けた日の服を着た。




『それ、絵麻の方が似合うからあげるよ』




返そうとしたらそう言われて、遠慮したけど、怜生が引き下がらないので貰うことにした。
それからこの服は、大事な日に着る勝負服になった。



「行ってきます」



いつもの道で、今日も白線を使って最後の練習をした。
一歩、一歩、背筋を伸ばして、堂々と。



もうこうやって練習するのも最後。
みんなと作品を作るのも最後。
終わっても、またみんなで集まれるかな。
終わって、欲しくないなあ。



この先、ミクのブランドが有名になって、私がモデルとしてやっていけたら、今回みたいにみんなで作って、私が広告塔に…なんて、いやいや、それは流石に出来すぎだよね。



でも、みんなの才能は沢山の人に知ってもらいたい。
だから、今日の私の仕事はしっかり歩き切る事。



「絵麻!!!」



聞き慣れた声に、振り返ろうとした時だった。



大きなブレーキ音がした。



同時に、ものすごく強い力で腕を引っ張られる。



視界がぐるぐると回り、気が付いた時には空を見ていた。



何が起きたのか分からない。



少しずつ周りの音が戻って来て、ガソリンの匂いが鼻を刺激した。



〈誰か救急車…!〉



〈やばいって…女の子は大丈夫そうだけど、もう一人の庇った方平気…?〉



〈あんなフラフラな車、絶対飲酒運転じゃん〉




痛い。



身体中が痛い。



もしかしてこれ、事故った?



あー、私って本当、大事な時にいつもこうなんだよね。



運悪いって言うか、思い通りに事が進まない。



何かそういう物語りの主人公にされてる?



せめてもう少し幸せな話のヒロインにしてくれても良いじゃん。



あーあ。
これじゃあ今までの全部、無かったことにな…




「絵麻、生きてる?」



耳元で声がして我に返る。
周りをしっかり見渡すと、うつ伏せに倒れた怜生が隣にいて、少し先の電柱には、白いワンボックスが突っ込んだ状態で止まっていた。



「怜生…?」



もしかして、怜生が庇ってくれたの?




いやいや、こんな所だけ少女漫画みたいにしないでよ。
トキメキとかないよ?



なんでよ。
どうして、大事な人まで私は巻き込んじゃうの?



「良かった…顔も、傷付いてないね」



ゆっくり怜生は起き上がって、右手で私の頬を撫でた。
左手は、自分の頭の左側を抑えている。
左手の指の間から、滲み出る赤い液体は手の甲を伝い、怜生の顔にも広がっていった。



「怜生…なんで…血が…」



「大丈夫だから、絵麻落ち着いて。自分の体の状態もちゃんと、確認…して」



「私、は、大丈夫。足に擦り傷があるだけみたい…。身体中痛いけど、打ったからかな。それより、怜生の方が…どうしてここにいるの?迎えに来てくれたの?」




私の問いをかき消すように、サイレンが大きくなってくる。



看護師だと名乗る通りかがりの女性が、怜生の処置を始めた。



救急車が到着してからは良く覚えてない。




看護師からは、飲酒運転でフラフラしていた車が私に突っ込んでいくのを、私を迎えに来ていた怜生が見つけ、私の腕を引き、避けようとした。
怜生は、避けて地面に勢い良く二人で倒れ込んだ時に頭を打ったそう。
私は不幸中の幸いで、全身の軽い打撲と足の擦り傷だけで済んだらしい。




とにかく頭の中はずっと、怜生とコンテストの事でいっぱいだった。




9:00。
本来ならもうメイクが始まっている時間だ。
ミクとミズキからは、命の方が大事だから無理はするなと連絡が来た。



止まらない震えと涙に、どんどん気持ちが沈んでいく。



「ありがとうございました」




処置を終えた怜生が、診察室から出て来た。
頭には、痛々しく包帯が巻かれている。
私は、すぐに駆け寄った。




「怜生…!」




「絵麻、何その泣き腫らした顔。これからコンテストだぞ?」




「え?」




「タクシー呼んでもらったから、早く行こう。まだ間に合う」



「え?ちょ、大丈夫なの?怜生!」




手を引かれるがまま走って病院を抜け、タクシーに乗り込む。



会場に着くまで、私も怜生も何も話さなかった。
怜生は、病院でもらったのであろうホットタオルを私の目に当てて、腕や首、顔、とにかくコンテストで見える部分に傷が無いかチェックしていた。



「絵麻!怜生!良かった無事で…いや、無事じゃなさそうだなこっちの人…包帯ぐるぐる巻きじゃん…」



「二人とも生きてて良かった。絵麻ちゃん、怪我は?擦り傷だけって強運過ぎない?」



会場のメイク室に着くなり、ミクとミズキは私達の全身をくまなくチェックして、安堵していていた。



「悪い遅れて。まだ間に合うか?」



「当たり前!準備バッチリだよ。怜生のおかげでモデルと腕には傷無いし、足はドレスで隠れるから大丈夫。早く着替えよう!絵麻おいで」



ミクに手を引かれ、パーテーションの裏に入る。
そっか、怜生は私の命だけじゃなくて、ミクのコンテストも守ったんだ。




「ミク…ごめんね。大事なコンテストなのに、私のせいで…こんな…」




「もう、うるさいよ絵麻!生きてたんだからそれで良いの!コンテストなんて何回もあるし。謝るのは全部終わってから!大体、悪いのは絵麻じゃないじゃん」




「白線使ってランウェイの練習してたの…。もっと内側にいれば…」




「突っ込んできたんだし、どっちみちじゃん。むしろ、いっぱい努力してくれてありがとう。大丈夫。怜生も絵麻のせいなんて絶対思ってないから」




「うん…」




「ちょっとシャキッと!ほら!ドレスが台無しになるじゃないの!」




いつも通りに接してくれるミクに、思わず涙が出そうになって、上を向いた。




死んでいたかもしれない、怜生を失っていたかもしれない、そんな恐怖もミクの言葉と私の頬を何度も摘んで解してくれる優しさが消してくれた。



「よし。腕にちょっと傷あるね。これは怜生に隠してもらおう。さ、メイクメイク!」



パーテーションを出ると、怜生とミズキが準備を整えて待っていた。



「スピードアップすんぞ。絵麻ちゃん、ここ座って。はい、リラックス。深呼吸、深呼吸」



ミズキに言われた通りに、深く深く深呼吸をする。
アロマのラベンダーの香りが心を落ち着かせてくれた。



怜生のメイクが始まり、ミクとミズキは髪をセットする。



怜生が守ってくれた今日。
本番は私が守り抜く。



次回 ep.13 ランウェイ後編

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