《小説》GINGER ep.13



ep.13 ランウェイ 後編



「まもなくランウェイスタートです!」




10人のモデルとそれぞれに付いているスタッフが、舞台袖で最終チェックを行っていた。




今日のコンテストは、ミクの大学内のコンテストで、優勝するとアパレルブランドとして認定され、審査員長と大学のバックアップを受けられるらしい。




観客席は学生も多く、学園祭のような盛り上がりで、コンテストだと言うことを忘れそうになるけれど、他のモデルやスタッフの真剣な顔を見ると、人生を掛けた大切な日だと改めて思う。




「絵麻。緊張感してる?」




ドレスの微調整をしながら、ミクが声をかけてきた。




「そりゃ緊張するよ。何かモデルやり慣れてそうな子ばっかりだし…。っていうか、何でよりによって大トリなの?何か悪い事でもしました?私」




私達のチームは、神様の意地悪なのかご厚意なのか、まさかの大トリ。
トリだというだけでも緊張するのに、他のチームも素晴らしい作品を作り上げていて、モデルは皆堂々と立っている。
ドレスの帯の苦しさと緊張で、今にも倒れそうな私とは大違いだ。




「ミクのくじ運を恨むんだな」




「私のくじ運のおかげで、リハーサルも最後になったし、準備もギリまで出来たんだから、私は強運の持ち主でしょ」




「確かに。ってか、怜生どこ行った?」




「怜生、包帯ぐるぐるの奴が舞台袖いると他の人とか絵麻の気が散りそうだからって、客席にいるみたい」




「そうか」



怜生はいつも自分より周りを優先する人だと分かっていても、やっぱりいないと心細い。




大きな拍手と共に、オープニングの音楽が流れ始めた。
トップバッターのモデルから順番に誘導スタッフに呼ばれ、縦一列で並ばされていく。




「GINGERチームの方お願いします」




「は、はい!」




裏返った。
返事すらまともに出来ない緊張ぶり。
私の前のモデル達が数名くすくすと笑っている。
ああ、怜生に見られなくて良かった。




「絵麻」





列へと向かおうとした私をミクが呼び止めた。





「私、絵麻と出会えて、このドレスを着てもらえて、本当に良かった。絵麻は最高の女だよ。だから大丈夫。私の為とかそんなの良いから、思い切って歩いてきて」




音楽が変わり、ランウェイがスタートした。




ミクは、このコンテストの準備を始めてから、体重が3キロ落ちた。
目の下のクマもメイクで隠されているし、彼女が数ヶ月、どれだけ命を掛けてこのドレスを作ったかが垣間見える。




それでも、私にそう声を掛けた彼女は、本当に幸せそうな、楽しそうな、もうこの高揚感は止められないって感じの笑顔だった。




私はこの笑顔をずっと見ていたい。
これから先も見たい。
だから…




「任せてよ、ミク。GINGERを最強のアパレルブランドにしてやんだから」




「ふふっ。めっちゃ偉そう」




列の最後尾に付き、目を閉じた。
練習してきたランウェイのイメージを頭の中に呼び戻す。




目を開けると、2つ前のモデルがランウェイをスタートしていた。
いよいよ、やってくる。




「絵麻、行ってらっしゃい」




「絵麻ちゃん頼んだよ」




振り返り、ミクとミズキにピースをした。




「行ってきます」




一つ前のモデルが帰って来ると、場内が一気に真っ暗になり、音楽が止まる。
客席はざわついていた。




さあ、ここからは私達のランウェイ。
もうここまでのステージは忘れて、私達のステージを見なさい。




そんな意味を込めた、4人で作ったパフォーマンス。




私は、深呼吸をして一歩、ステージへ踏み出した。




スポットライトが私を照らすと、優美な音楽が流れ始め、今ここにいる全ての視線が私に降り注ぐ。




ゆっくり、丁寧に、顎を引いて、目力は強くでも慎ましく、しっかり前を向いて歩いていく。




初めて、ウォーキングの練習を三人に見てもらった日、全員が笑い転げる程、私のウォーキングはカチコチで下手くそだった。
三人の厳しい指導のおかげで、きっと今の私に、そんな滑稽さは一ミリも残っていないはずだ。



音楽と私の足音だけが響く。




端まで辿り着いた時、目の前の客席の一番後ろに、カメラを構える水瀬君と、怜生が見えた。
怜生と目が合うと、小さく頷いて、良いぞと言ってくれた。




そうか。
きっと怜生は、私がステージ上で一人にならないように、絶対見える位置で待っていてくれたんだ。




私は大丈夫。




二つのポージングをとって、水瀬君のカメラに目線を送り、来た道を戻っていく。




戻るまでがランウェイ。




あと数メートル。




もう、ゴールはすぐそこだった。




さっきまで何ともなかった右足が、急に痛み出す。




私はウォーキングを止めた。




どうして今…?




よろけた私は咄嗟に、せめて格好のつくようにと、片膝を立てるようにしゃがみ込んだ。




終わった。




大トリだと言うのに。




神様って本当に意地悪。




仕方がない。
最後まで歩こう。
そう、立ち上がろうとした時、何故か客席から大きな拍手と歓声が湧き上がった。




顔を上げると、肩や、床、ドレスの上に、髪に乗せていた花が落ちてくる。
さらに、ランウェイの入口から沢山の花弁が風に乗って私を包んでいった。




【絶対にこれ以上顎引くなよ】




怜生が直前まで私に何度も言っていた言葉を思い出す。




ああ。
しゃがんだ時に顎引いたんだ。




この髪飾りは髪と結い合わせて付けられていて、解けると花も髪も全てが落ちる仕組みになっていたらしい。




念には念をと言うけれど、ここまで色々な仕掛けをするなんて、本当に頭が上がらない。




サプライズには、しっかり乗らなくては。




私は、妖艶に、上品に、ゆっくりと立ち上がり、顔だけ少し客席を振り返って視線を送りポージングをして、舞台袖まで歩いた。




「おかえり!!絵麻!!」




鳴り止まない拍手を背に、倒れ込んだ私をミクが抱き止めた。




「ごめん、ミク…ごめんね…」




「何でよ!最高だったよ!怜生のサプライズも結局使えたし、ってかそれに合わせたのも完璧!めっちゃ良かった。ありがとう絵麻」




ミクの優しさと、終わった安心感で涙が溢れてくる。




「絵麻ちゃん。大きい一歩、しっかりやり遂げたね。俺は嬉しいよ。最高だった。結果発表まで泣くなよ?」




ミズキは花弁の入ったカゴを置いて、私の頬を摘んだ。



そうだ。
私は、何にもなかった私は、今日モデルになってランウェイが出来た。
いきなり大成功なんてない。
やっと一歩踏み出しただけだ。
一歩、踏み出す事をやり遂げたんだ。




「絵麻、お疲れ」



「怜生!」




「いやあ、まさか使われないと思ってた技を使って頂けるとは、光栄でございます」




「す、すみません…。ありがとうございました…」




「ははっ。冗談だよ。あれはいつもやってるやつ。失敗なんてない。転んでもサプライズがある方が、モデルも客も嬉しいだろ。むしろ焦らずに、ちゃんと活かしてくれてサンキュ」




「やっぱり怜生って魔法使い」




「え、何言ってんの?さっ、あとは結果発表だな」




「お願いします神様あああ…私の躓き気付かれてませんように…」




今回、評価されるのはモデルではない。
あくまでも作品の方だ。
しっかり見せられただろうか。




「モデルとチームの皆さん、それぞれステージの立ち位置に付いてください。まもなく結果発表です」




私達の立ち位置はラッキーな事に、一番入り口に近い場所だったので、足の痛みが限界だった私はあまり歩かずに済んだ。




「本日は、皆様おこしくださりありがとうございます。…」




司会者が挨拶を始める。




審査は、3人の審査員と客席からのネット投票で決まるらしい。




五分くらいだろうか。
投票締切のアナウンスが流れ、客席が少しずつ静寂を取り戻していく。




「それでは、結果発表です」




複数のスポットライトが会場をグルグルと照らし、緊張感を高める音楽が鳴り響く。




私はドレスの裾とミクの手を強く握った。




ep.14 夢追い人











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