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Neuralinkの衝撃!? 〜最新のBMI事情をアメリカの研究者視点で読み解く〜

みなさん、こんにちは。2021年4月8日、アメリカの脳科学関連のスタートアップ企業であるNeuralinkが、彼らが開発するデバイスを脳内に埋め込んだサルが脳活動のみを用いてゲームをプレイする以下の動画を公開しました。

動画は英語での説明になっているので、日本語での説明は以下のような記事を参考にして頂ければと思います。

動画は私が本記事を寄稿している4月16日時点ですでに約500万回再生されており、動画内で用いられているブレイン・マシン・インターフェース(BMI)、もしくはブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)と呼ばれる技術への高い注目度を表しています。

さて、私は現在ニューヨーク大学の神経科学センターの研究室に所属をしており、この秋から進学をする予定のカーネギーメロン大学では博士過程の学生として、このBMI/BCIと呼ばれる技術の研究に取り組みたいと考えています。そんな中での今回の動画発表は私にとって非常に興味深いものであったのと同時に、私の周りの研究者コミュニティでは、本動画に関わる技術に関して様々な意見が飛び交っていました。そもそもBMI/BCIとはどんな技術なのか、この動画に対して現地アメリカの研究者たちがどのような議論を行っているのか、またこの分野における最先端の研究はどこまで進んでいるのか、を是非たくさんの人に知ってもらえればと思い、今日は記事にまとめていきたいと思います。

BMIとは?

簡易化のために、ここからはブレイン・マシン・インターフェース(BMI)に一本化してお話をしていきたいと思います。BMIとは、脳と機械を繋ぎ、脳活動を通じて機械を操作したり、逆に機械から脳に刺激を与えることで、人間の体を解さずに視覚や触覚等様々な刺激を与えることを可能にする技術です。(参考までにwikipediaのリンクも貼っておきます)

このような技術の実社会への応用が近づいていることを知ると、まさに私たちがマトリックスのようなSFで見ていた世界が現実に近づいているというような印象を受ける方も多いかもしれません。

BMIは大きく侵襲式と非侵襲式という二つに分けられます。侵襲式は、脳の手術を伴い、脳の内部にデバイスを埋め込む方式です。手術のリスク等、身体的に大きな負担がかかる一方で、脳内から直接脳活動を記録してくることができるため、非常にクリアなデータを記録することができる点が大きなメリットです。クリアな脳活動を記録することは、記録されたデータを用いて人間の意思や知覚を読み解くプロセス(デコーディング)において、高い精度を出すことに大きく貢献します。

一方で、非侵襲式では、手術は伴いません。下記の画像のようなEEGヘッドセットに代表されるような技術を用いて、脳表面から脳活動を間接的に記録します。メリット・デメリットは侵襲式の裏返しで、身体的な負担が少ない一方で、間接的なデータ記録になるため、多くのノイズを含んだデータを用いてデコーディングを行う必要があります。

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今回のNeuralinkが発表した技術は、上記の分類に基づくと、侵襲式に分類されます。もちろん、人体にリスクを及ぼす可能性がある新しい技術の開発において、簡単に人を用いた実験を行うことはできません。そのため、Neuralinkが行っているように、まずはヒトに近い脳構造を持つサルを用いて技術開発をし、技術を確固たるものにした上で、最終的なテストを人を通じて行うというのが脳科学の分野ではよくとられるアプローチです。

BMIを支える技術要素

さて、BMIの全体像を話した上で、Neuralinkも用いている侵襲式BMIについてもう少し説明を加えていきたいと思います。侵襲式BMIは、主に以下のような技術要素が関わっています。
・脳活動を記録するためのデバイスの開発
・デバイスを脳内に埋め込むための手術技術
・記録された脳活動から人の意思や知覚を読み解くデコーディング技術
・脳活動に基づいて操作可能な機械

Neuralinkはこれら全てを包括的に取り込んだ技術開発を進めています。例えばデバイスに関しては、脳内に埋め込む彼ら独自のデバイスを開発しています。ちなみに、後ほどもう少し詳しく書きたいと思いますが、このデバイスが少なくとも私の周りの研究者コミュニティで注目を集めている理由は、無線式で通信を行うという点です。

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デバイスを脳内に埋め込むための技術としては、彼らは独自の手術ロボットの開発を進めています。上記デバイスを安全にかつ正確に脳内に埋め込むための技術です。

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脳活動を用いたデコーディング技術に関しては、まだ具体的な内容は私が知る限り公開はされていないように思います。しかし、動画にあったような脳活動を使ったゲームコントロールにはこの部分の技術も必須なため、この部分に関しても何かしらのデコーディングアルゴリズム開発が進んでいると思われます。

また、最後に、脳活動に基づいて操作可能な機械という点では、彼らのwebsiteでは現状脳活動を用いてiOSデバイスをコントロールできるアプリを開発する方針が記載されています。動画にあるようなゲームをプレイするだけでなく、考えるだけでテキストの入力ができるようになる等、このアプリを通じて様々な方向への社会応用が考えられます。

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BMIに必要な人材は多種多様

ここまでBMIに関して説明をしてきたのですが、この説明で最後に一点触れたいのは、上記のような技術要素を開発していくにあたって必要な人材の多様性です。Neuralinkのwebpageの人材募集ページを見ると、デバイスの開発、ロボットの開発、アルゴリズムの開発、アプリの開発、またサルを含めた動物のケアを行う人材まで様々な募集がされています。最初にNeuralinkは脳科学関連のスタートアップと記載をしましたが、実際に扱っている技術領域は本当に広く、それぞれの分野からいかに優れた人材を集め、複数分野をいかに融合していくかという課題に向き合っていくのだろうと思います。

Neuralinkの技術は20年前のもの?

さて、BMIの説明が少し長くなってしまいましたが、当初のモチベーションであった、アメリカの脳科学研究者が今回のNeuralinkの発表をどのように考えているかという点について最後に触れていきたいと思います。まず、最初に情報として入ってきたのはBMI技術のパイオニアでもある、Andrew Schwartz教授の以下のようなコメントでした。

"The performance is very rudimentary. That kind of control was demonstrated more than twenty years ago."

動画で紹介されているような技術は初歩的なものであり、約20年前から実演されていたものだというコメントです。

一方で、脳活動の記録部分に関しては彼は以下のように述べていました。

“Technically, from an engineering point of view, the recording equipment and the transmission of data seems to be very nice and that may be an advance"

つまり、脳活動を記録してそのデータを機械に送る部分に関しては、良く、恐らく先端的な技術だということです。

“It looks cool, but in terms of what they should be able to do with such a rich signal, it is disappointing,” “They should be able to achieve at least with what we were able to do with a hundred or two hundred electrodes, they should at least be able to have at least ten degrees of freedom-of-movement.”

そして、彼曰く、このデバイスを用いて記録をすることができる脳活動を用いれば、動画にあるようなコントロールよりもはるかに複雑なものを実現することができるはずだということでした。

Neuralinkの動画の技術的革新ポイントは脳活動記録デバイス?

上記のようなAndrew Schwartz教授のコメントを拝見しつつも、私のより身近な研究者コミュニティで起こった議論も、サルが脳活動を用いてゲームをプレイするということではなく、脳活動の記録デバイスに関してが中心でした。特に、上記のコメントにはなかった視点でいうと、このデバイスが無線式での通信で脳活動を記録することができるという点です。現在、研究で多く使われているBMI技術では、以下の写真のように埋め込んだデバイスを有線式で接続をし、脳活動を記録するものです。ユーザビリティの観点からすると決して良いものとは言えません。

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無線式のデバイスがまだ広く浸透していない一つの理由は電力源(バッテリー)の問題でした。この点を、Neuralinkは電磁誘導を利用したワイヤレスの充電の仕組みを用いて解決をしています。以下の動画でイーロンマスクは、この充電方式を用いることで、ユーザーは夜にデバイスを充電し、日中そのバッテリーを用いてデバイスを利用することができるという説明をしています。BMI技術の社会応用を考えた際に、この設計は将来的に非常に有益なものになっていくのかもしれません。

https://www.youtube.com/watch?v=DVvmgjBL74w

最先端研究ではすでに人の脳にデバイスを埋め込んだ実験も進んでいる

動画公開後、イーロンマスクはTwitterで、年内にも人を被験者としたテストを開始できるかもしれないという旨を発表しました。

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実は、アカデミックにおけるBMIの研究では、すでに人を被験者としたテストは進んでいます。上記に掲載した写真はその一例で、体の一部が動かなくなってしまった患者さん等の協力を得ながら、徐々に社会への本格的な応用に向けて技術開発が進んでいます。しかし、現状では、主に医療分野での応用、またその中でもロボットアームを動かす等、手足の身体機能を回復させることにフォーカスした研究が多い印象を受けています。

私は長期的に、この技術をより一般の人も身近に使えるようなものにするために、医療分野での応用に限らず、新しい分野での応用を開拓していけるよう、将来の研究に取り組んでいきたいと思っています。この分野は、今後技術開発だけに限らず、倫理の観点等も含め、社会で広く議論されていく技術になると思います。そして、これまでアカデミックにおいて研究が進んでいたこの分野に、イーロンマスクという起業家の発信を通じて社会の注目が大きく集まり始めており、これから急速に発展をしていく分野だと思います。そんな新しい分野ですが、また何か面白い動きがあれば、記事にまとめていきたいと思います。

長くなりましたが、今日は以上です。



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