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『灰の劇場』恩田陸 書評#8

驚いたことに、世の中は「本当にあった話」で溢れている。


今回は、恩田陸さんの小説『灰の劇場(はいのげきじょう)』を紹介します。


あらすじ

 25年前、2人の女性が一緒に橋の上から飛び降りて自殺した。そんなある事件についての記事を新聞で読んだことを発端として、一人の小説家が「事実に基づく物語」を書き、それが舞台化されるまでを描いたドキュメンタリー調の小説です。作家である「私」が出てくるパートと、小説の中の登場人物であるTとMの2人が出てくるパートが折り重なるようにして次々に入れ替わり、しだいに虚と実の境目が曖昧になっていきながら物語はクライマックスを迎えます。

見どころ

 正直なところ、最初は小説の構造が理解できず、読みづらさを感じました。小説家である「私」のパートはどれなのか、登場人物であるTとMのパートはいつ出てくるのか、少し難解でした。しかし次第に物語に引き込まれていきました。未読の方はこちらのインタビュー記事を読んでから本作を読まれるといいと思います。


 構想の段階では、2人の女性が同居し、死を選ぶまでを様々なシチュエーション別に書き分けようと思っていた。ところが、いざ書き始めてみると、自分の興味がよそにあると気づいた。「事件そのものより、なぜこの小さな記事に引っかかり、自分の中で残り続けたのか。テーマはそっちだった」
 その結果、3層の時間が同時並行で進んでいく小説となった。「1」では2人の女性の物語が、「0」ではその執筆に取り組む〈私〉の日常が、そして「(1)」ではその物語を書き上げた後の〈私〉が「灰の劇場」の舞台化に立ち会う物語がつづられる。

 それぞれのパートの時系列を理解すると、パート同士の関係性も楽しめるおもしろい構造のお話でした。「事実に基づく物語」があまたある中で、なぜ事実に基づいていると興味を惹かれるのか?少しの事実を膨らませて小説を書いたり、舞台化したりして果たして本当にいいのか?という「私」の葛藤に共感を覚える部分もあり、個人的にはかなり楽しめました。
 ただ、今までの恩田作品のようなエンタメ一直線の物語を期待して読まれると、違ったかもという印象になりそうです。全く新しい作品として、自分自身の実と虚も入り混じっていくような感覚が不思議でありおもしろかったです。

感じたこと

 「事実に基づく物語」や“原作がある”作品(それがドラマであれ映画であれ舞台であれ、漫画やアニメであれ)が事実や原作とは別物だという認識はあるつもりです。でも、そうした作品に心惹かれてしまうのはなぜなんでしょうか。
 今でも、過去の事件や事故をドラマ仕立てにして放送するテレビ番組は沢山ありますし、人気があります。実際にあった話、と聞くとどこからどこまでが事実なんだろうと考えてしまいます。(筆者は特に小説が好きなので、小説が原作のドラマや映画が始まる、となるとドラマは観なくても原作をチェックしたいという衝動に駆られます。漫画が好きな方なら漫画で同じ現象が起きるのではないでしょうか。)
 しかし一方で、「創作物にこそ価値がある、虚構を楽しみたい」という相反する気持ちがあるのも事実です。自分にとっての現実が辛かった時に創作物に救われてきましたし、今はセンセーショナルな事件には事欠かないので、現実に起こったことなんてこれ以上詳しく知りたくないという心理が働くのです。
 どちらにせよ“物語”が好きなことは間違いないのですが、そういった自分の矛盾した思いについて考えさせられる作品でした。物語を作る側の人もこういった考えに悩まされることがあるんだろうなと思えて、新鮮でした。

まとめ

 物語とその作り手の視点、両方を楽しめる新鮮な作品でした。皆さんも「事実に基づく物語」に思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。

※ヘッダーは日々乃ことさんからお借りしました


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