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Allied

わたしは、きっと、証拠物ね。例えば、今、法廷に立った検事がビニール袋で「これが見えますか?」なんていうのなら、きっと私がそこにはいる。あるいはわたしの妹が。これには一つの事件がここに今、裁判にかけられている。失われた恋人たちの小さな話。ここには女と、男がいる。この二人はもう一人と、一人になっていこうとしていて、一つの関係が終わろうとしている。例えば、その愛おしい目も、あの優しくて冷酷な指先を、すっぽりとぴったりと合わさるその肩も。もう二度と味わうこともできない。まるで世界のすみで食べた珍味のように、二度と、出会うことはなくなる。そして、この世界に、この男と、女を見たものは誰もいない。彼らを知っている人も誰もいない。そこに、誰ひとりとして目撃者も、証言者もいないのだ。不釣り合いな二人は、そして、また他人になる。恋人たちがそこで終わってしまえば、あとはもう、何も残らない。ヘンゼルとグレーテルのようにパン屑を落としていけばよかったのに、「何も残らない」ということも知るすべもなく。二人がいつか歩いた横断歩道や、人の目を盗んでキスをした物陰や、二人が身を潜めたコーヒーショップや、二人がひっそりと食事を摂ったいくつもの情事のおわりも、もはやどこにも残らない。そんなことなかったかのように、横断歩道には子供たちが手を上げながら渡り、物陰ではホームレスが眠っていて、コーヒーショップではおじさまが新聞を広げて読んでいる、食事を摂った喫茶店の亭主はもはや我々を覚えてすらいないだろう。そんな中で、わたしは、唯一の証拠だった。わたしの両親は、結婚・離婚、をくりかえしてきた人々だった。そしてやはり、彼らは私と、私の妹を産んで、そして夫婦はバラバラになった。どんな理由があったにせよ、別々になった男と女は、一瞬でも愛情があったのだと(愛なのかもしれないものと)、少しだけでも、幸せだったはずだという気弱な事実が、もはやすっかりと消えて、失われてしまった時間になってしまうけど、わたしー、とわたしの美しい妹は、かつて、いつかは少しでも幸せだったはずの、高山夫婦の、愛情の、唯一の痕跡なのだ。誰がなんと言おうと、それには変わりがない。たった一つの事実だ。この世に一つの、かつて恋人だったものたちの最初で最期の足跡。全ての恋人たちに、証拠が残ればいいのに。オブジェみたいにして飾っておけるように。
キラメク瞬間はいつも、一度ヒビが入れば薄いガラスがしゃらしゃらと音を立てて壊れていく。例えばあの家族が、嘘で固められていても、国籍も名前も、本当のものじゃなかったとしても、ある男と、女が、(一瞬でも)恋に堕ちて、二人になり、子を産んだ。という一つの家族という形、それだけは、事実になってくれる。ここに、それしか存在してない。Allied、同類。裏切って、裏切られて、嘘をついて、つかれて、隠すキスをする。事実なんてのはひとつもどれも事実じゃなかったのに、あの二人にあった愛情だけが、事実だったなんて、みんなはきっと笑うだろう。

最期の日を今でも覚えている。わたしが今まさに愛おしい人を物理的・精神的にも失おうとしている時に、何も知らないような顔で、あたかもそこには希望しかないような顔で、当たり前のように白々しいまでの笑顔で朝はわたしを迎えに来る。まるで、ハーモニカでもふきながら。あの朝の証拠だった、腕の痣はとっくに消えてしまって、事実が何も事実じゃなくなる朝がくる。

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