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うつ病持ちが甘味を突き詰める。


さて、先回の記事で挙げた自分を大切にする、とは何か。
私は考えた。
そして、一つ己の狂気的とも言える過去の趣味を思い出した。

ケーキを食べることである。
ケーキを食べること、といえば可愛らしいのだが
ホールケーキを食べること、と正確に表現すると一転何か狂気を孕む。

学部時代、ストレス発散方法の一つに「ホールケーキを食べる」という狂気的な方法を用いていた。
あの時研究室で論文を書きながらホールケーキを食べている私をみていた教授は、
最初は何か信じられないものを見る顔で眺めていたが、
卒業が見えてきた頃には「あら、また買ってきたのね」とサンドイッチを買ってきたかのようなノリで声をかけてくれていた。
今考えれば、研究室でパソコンを打っている学生がまるでお弁当を食べているかのようにフォーク片手にホールケーキを食べていたら何かがおかしいことはわかる。

そういえば、そんな狂気的な愛らしい趣味に最近触れていない。
ケーキだなんて高級品で、おいそれと貧困OLに気軽に手がほいほい出せるものではない。
いや待てよ、と思う。それこそ「自分を大切にすること」に近い行動ではないのか。
思う存分、美味しいケーキを食べる。
つまり、自分にご褒美をあげること…これすなわち自分を大切にするという行動につながるものではないのか。

そこで思いついた。
今日を誕生日にすれば良いのだ。

思いついた今日が私の誕生日


そこで11月某日、私は近所のケーキ屋さんを訪れた。
色とりどりのカットケーキやタルト、焼き菓子にも目を引かれるが、
本日のお目当てはショーケースの隅にいるが、最も人々の目を引くケーキ。

そう、ホールケーキである。しかも、5号サイズの。(※直径15cm、4~6人用)

正直にいえばデカい。一人で食すには少々デカい。
しかし、私は今日が誕生日なのだ。
本来私は夏生まれであるが、
思いついてしまった以上今日も誕生日であるため自分を盛大に祝ってあげる必要がある。
勇気を出して、店員さんにこれをください、とホールケーキを指さす。

店員さんは私に「プレートに何か文字を入れますか?」と尋ねる。
なるほど、確かに誕生日ケーキにはチョコプレートが付いており、
大体の場合「〇〇ちゃんお誕生日おめでとう」「Happy Birthday ××」などと書かれている。
ただ、さすがにアラサー女性(休職中につきジャージで来店)が元気に自分の名前を言い出したら少し気持ち悪いのではないか。一抹の不安が胸中に生まれる。
しかしこの店内には私の名前を知っている者なのいないのだ。
そして、何度も言うが今日は私の誕生日ということになった。
主役を盛大にお祝いしなくてどうするのだ。
逡巡したあと、私はおずおずと注文した。

「じゃあ…」

そして手に入れた祝いの箱

おずおずと注文した私は、可愛らしい箱を手に店を出る。
車の助手席に座らせたケーキの箱に飾られた控えめなリボンのなんと可愛らしいことか。

ちょこんと鎮座するケーキの箱はなんとも愛らしい

そして家に着いて、紅茶を淹れる。
誕生日を祝うためには下準備が大切なのだ。

準備が整うと、丁寧に箱を開けてケーキを取り出した。

結局プレートに名前を入れてもらったのだった

なんと華やかで、可愛らしいケーキだろうか。
まさに私の誕生を祝うにふさわしいケーキである。

一呼吸置いて、ケーキにフォークを刺す。
切り分けるなんて工程は誕生を祝われる者の前には存在しない。
ウェディングケーキのファーストバイトかのように大きな一口でケーキを頬張れば、
生クリームの思い切った甘味が口に広がる。
そして思い出す。

これこそが幸福なのだ、と。

ケーキを頬張るたびに強烈な甘みが脳を突き抜ける。
がつん、と殴られるような甘みは即ちそれ幸福なり。
フルーツの仄かな酸味がアクセントとして食欲を掻き立てる。
勢いのまま半分程度食べたところで一旦殴られるような幸福に満足し、フォークを置いて紅茶を飲む。
息を吸い込んで吐き出すと、達成感に満ち溢れた自分に気がついた。

久方ぶりの自分への盛大な甘やかしである。
”私だけのホールケーキ”。
甘味を私は突き詰めた。
その先に確かに幸福があった。
そして、幸福を感じることで自分を大切にする、という行動に確実に一歩近づいた、気がした。

久方ぶりの幸福に浸りながら、これは良いぞと文字通り味を占めた。
平穏、幸福、少しの贅沢。
「自分を大切にする」とはまさにこれではないか。
しかしながら、私の幸福探しはまだまだ序章である。
せっかくの療養期間、自分を大切にするためのヒントをとことん突き詰めて見つけていこうじゃないか。

さて、次は何を突き詰めようか。
少し行儀が悪く片手でフォークを持ち直しながらもう片方の手でスマートフォンのロックを解除して、Googleマップを開くのだった。