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「仕事」になってから、書くのがつらくなってしまった話

最近、書くのがしんどいです。

わたしはいま、WORDSという編集の会社で働いています。

noteを書いているのは、編集の勉強のためという理由も大きいです。だから「より多くの人に読んでもらえて、伝わりやすくて、おもしろい内容にしよう!」と思って書いています。(全然できていないときのほうが多いのですが。)

ところが最近、

おもしろくてタメになることを書かなきゃいけない」

きれいなわかりやすい文章で書かなきゃいけない」

ちゃんと読まれるような切り口にしなきゃいけない」

こういうことを意識しすぎて、書くのがしんどくなってしまうときがあるのです。

編集者やライターだけでなく、ウェブサイトの運営や広報など、書くのを仕事にしている方は多いと思います。書くのが「仕事」になり「評価」されるようになったことで、力が入ってしまって、しんどくなった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

わたしはこれにずっと悩んでいたのですが、原因はすごく単純でした。

書くのがしんどい原因

書くのがしんどい原因。それはずばり「書こう」としているからです。

竹村さんの著書『書くのがしんどい』には、このように書いてあります。

書くこと自体が目的になってしまえば、書けなくなるのは当然。だから書こうとすればするほど書けなくなるのです。

大切なのは、「書こう」とすることではなく「伝えよう」とすることです。
メールも、LINEも、誰かに何かを伝えようとするから自然と「書ける」わけです。「よーし、LINEを書くぞ!」という人はいません。「電車が止まってて遅れます」ということを伝えたいから書けるのです。

文章教室の第一歩は、ここです。「伝えよう」とすればいいのです。すると「何かを生み出そう」と肩に力を入れなくても、自然と言葉は出てきます。

そう。書くことが目的になってしまっては、書けなくなるのは当然なんです。

「書こう」とするのではなく「伝えよう」とする。

わたしは「もっと発信しなきゃ」「はやく成長しなきゃ」と思うあまり、この大前提を忘れてしまっていました。

「書き方」ではなく「内容」にフォーカスする

文章の「書き方」はたしかに大切です。

どんなにすばらしい内容でも、誰にも気付いてもらえず、読まれなかったら意味がありません。だから「読まれる文章」にするために、いろんなテクニックを使う必要があるわけです。

でも、そのまえに「自分はこの内容を、本当に『伝えたい』と思っているか?」を、考える必要があるのだと思います。

「この話、すごくおもしろい。わたしだけが知っているのはもったいない。同じ悩みや疑問をもっている、もっと多くの人に伝えたい!」

そう思うから、より読まれやすいように書こうとする。「ターゲットの設定」も「読む人の動機を考えたタイトルづけ」も、すべてはこの気持ちからはじまるはずです。

「書く仕事」を楽しむために

「書く」ことはあくまでも「伝える」ための「手段」です。テクニックにとらわれて、書くことが目的化してしまってはつらいだけですし、そうやって書いたものはいい文章にはならないでしょう。

柿内さんがよくおっしゃっている話があります。

「くまのプーさん」は、原作者であるミルンが、自分の息子のために書いた物語なのだそうです。作者は決して「うまい話を書こう」と思ったわけではない。「息子をよろこばせよう」と思って書いたから、結果的に多くの人に読まれる作品になったのです。

「書く」のではなく「伝える」。当たり前のことなのですが、生意気にも文章を書くことが「仕事」になったことで、変な義務感や焦りが生まれてしまっていたことに気がつきました。「うまく書こう」と思ってしまっていたんです。

もちろん仕事だから評価はされるし、それは気にしないといけません。でも書くときには、あくまで「あの人に伝えたい」という気持ちで書く。そのほうが結果的にいい文章になって、評価も高まるはずです。

この気持ちを忘れずに、書く仕事をしていきたいです!




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