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【小説】どこにでもある恋の終わり#2

 一人部屋に残された私は冷蔵庫から普段飲まないビールを取り出してプルタブを上げた。
黄金色の液体が喉を伝い、口の中で苦味を含んだ炭酸が弾けた。
彼女が残していった、可愛い猫のパッケージのビールだ。

 彼女はビールを愛していた。
私の家に来る時にはいつも外国の物や、デザインの凝ったラベルの様々なビールを買ってきていた。
つまみの裂けるチーズと共に。

「こんな可愛いデザイン、絶対女に買わせるためだよね」
 なんて鼻に皺を寄せながらも買ってきたのが先程のものだ。

 裂けるチーズを真剣な顔でできる限り細く裂いて口に運ぶ彼女。
ビールを流し込んで美味しそうに息をつく彼女。
抱くと折れてしまいそうな肩。
その時頬に触れる髪の匂い。
いつも冷たい指先。
真っ直ぐにこちらを見つめる虹彩の薄い瞳。
溢れそうなギリギリを保つ涙。
結局崩壊し、泣きじゃくる声。
私への罵声の数々。
無かったことにするには、この部屋には思い出が多すぎる。


 最近は会っていなかったのだから、彼女の不在には慣れているはずだった。
会わないことと、会えないことの違いに気づいたのは、今朝こうして窓を開け、春の匂いを感じたことを誰かに伝えたいと思ったからだった。

 あの時勢いに任せて私をなんとか傷つけようとしてきた彼女を、忘れてはいなかったけれど、その香りを、わくわくするような、緊張するような、その空気を、共有したいという思いが勝った。

「暖かくなったね」と、LINEを送る。
既読がつかない。
次の日も、また次の日も、既読がつかない。
どうやらブロックされたのか、彼女が私のLINEを見ることはないらしい。
けれどその、自分から別れを切り出したくせに未練たらしく送ってしまう、その言葉たちが、読まれずに済むことに少しホッとしている自分もいた。

つづく

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