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ほめ言葉の解像度を上げてみる。

知ってるけどよく知らない人

ジェフ・ベックが亡くなった。享年78歳だそうだ。といっても、恥ずかしながら訃報を聞くまでジェフ・ベックの曲をちゃんと聴いたことがなかった。近い時期に亡くなった高橋幸宏さんの方がソロワークを聴いていたこともありショックは大きかった。

ジェフ・ベックに関する記憶といえば、大学時代、HR/HMバンドでギタリストをしていた友人が「バンドでコピーするのはエアロやクイーンやツェッペリンだけど、本当はジェフ・ベックがいちばん好きなんだ」とうれしそうに語っていたことだ。その時はジェフ・ベックの何が凄いのか、二十歳の僕は知らなかったし、二十一歳の彼もまた言語化できていなかった。

訃報が流れると話題になるのがネット社会の常である。インターネットの掲示板は在りし日のベックの姿を懐かしむコメントで溢れていた。比較で語られることが多いのは、ベックを含めて三大ギタリストと称されるエリック・クラプトンとジミー・ペイジ。それから並列こそされないが、同時代で特異な存在感を放っていたジミ・ヘンドリックス。ベック以外の3人は僕でも聴いたことがあるし、なんとなく「すごい」ってことはわかる。(ジミヘンの龍が鳴いてるような音色なんて、わかりやすく「すごい」!)

なんでもベック、クラプトン、ペイジの3人は同時期に同じバンドに在籍していたり、入れ替わりで加入してたりとかなり互いの人生が交錯していたようで、「でも俺はベック時代の方が好きなんだよね」「70年代の誰々と組んでた時が最盛期だよね」往年の音楽ファンたちはそんなことを楽しそうに語っていた。これも一つの追悼の形だ、と思った。

ギターは音が消えない楽器

そんな中でつい感心してしまったのが、とあるネット民がつぶやいていた「ジェフ・ベックは音の『消し方』がすごい」という評価である。言わずもがな、ギターは音を出すための楽器。というか、楽器は音を出すためのものだ。「音の『出し方』がすごい」ならわかる。「消す」とはどういうことだろう?

ジェフベックの凄い所は「音の消し方」
これはマジで凄くて特に哀しみの恋人達は色んなギタリストがカバーしてるけど、ジェフベックのように次の音へ繋げていく際の音の消し方を出来てるギタリストは他にいない
その消し方によってアクセントを付けるのとは違うやり方でメロディラインに起伏を付けて楽曲に情緒をもたらしてる
だからその消し方をより繊細に丁寧にするために指弾きに変わったんだよね
ここ意識して聴くとジェフベックのギターはホンマに凄い

この人のギターは音が消えていく瞬間を耳を澄まして聞いてほしい
本当に綺麗で情緒に溢れてる

芸能・音楽・スポーツニュース速報@5ch掲示板
【訃報】ジェフ・ベックさんが死去 78歳 世界を代表するロック・ギタリスト ★2 [湛然★] より

弾ける方には当たり前の話なのかもしれないが、ギターは弦を弾(はじ)くとその振動がボディに伝わって音が鳴る。一度弾いた弦の振動はすぐには止まらず、しかもボディやほかの弦と共鳴して微かに揺れ続ける。構造上、一度鳴った音が「自動的には(なかなか)消えない」楽器だ。初心者の僕などはまずそこでまずつまづく。思い通りの音や響きを出すには、音を鳴らすだけでなく、鳴っている音を消す「ミュート」という技術が必須なのである。

そこへきてベックは「消し方がうまい」ギタリストだ。ということは、音単体でみると意図通りに長さや強さをコントロールできるということであり、連続する音の流れでみると次の音への繋ぎ方が上手いということであり、曲という単位でみると起伏や流れが美しく、静と動のダイナミズムが凄いということであり、もっと俯瞰してミュージシャンとしての思想や精神性という観点からみると、ベックは無音の部分も含めて意図と意志を込めて「弾いている」ということになる。(この精神の部分を極端に突き詰めるとジョン・ケージの4分33秒みたいになってくるのだろうか。はたまたそれは別物か)

「巧い」の解像度を上げる

音の消し方がうまい。これは今まで僕らがジェフ・ベックになんとなく抱いていた「うまい」のイメージをぐっと鮮明にしてくれる言葉だ。「上手い」(=早弾き、音数がすごい、テクニカル)の対義語としての「巧い」(=なんかよくわからないけど心地いい、リズム感がある、わかってる)。そんなわかったようなわかっていないような抽象的な表現ににとどまらず、この言葉には明確なうまさの対象がある。音が美しくフェードアウトして消えていく瞬間の情景が、ある。

いわゆる「玄人好み」の評価を作り出すのは、つい他人に語りたくなる「解像度の高いほめ言葉」だと思う。広告コピーの世界でもプロダクトのこだわりや独自機能を伝えるためにこういった話法を取ることも多い。大衆受けとはまた別の、プロがプロを評するような評価軸。

何も音楽に限った話じゃない。千葉ロッテ小坂の守備は「一歩目」が凄い/ジネディーヌ・ジダンが鬼キープできるのはボールの「置きどころ」がすごいからだ/日本代表の遠藤は実は「走行距離」がチームNo.1/ニューバランスのスニーカーはどのモデルも「横幅が均一」だから履きやすい/水沢ダウンは「縫製ではなく圧着」だから暖かいし綿が抜けない/バトナーのニットは「独自の畔編み」が毛玉にならない機能とアイコニックなデザインの源となっている……

などなど、あらゆるジャンルにおいて「解像度の高い褒め言葉」は存在する。(と言いつつスポーツと国産アパレルばかりになってしまったが、そのほかのジャンルもあれば教えてください)そしてその裏側に見え隠れするのは「俺だけはコイツの凄さがわかっている!」という玄人ファンのしたり顔である。

そういえば漫画『スラムダンク』で魚住がマッチアップする海南のセンター・高砂を評して「コイツ、パワーも高さもオレが上だが…巧さがある」と言っていたが、結局全31巻通して読んでも高砂の何が「巧い」のかはわからなかった。彼の巧さを解像度高く評価する言葉が(彦一あたりから)聞こえていれば、人気も作中での存在感も、ディフェンスに定評のある池上並みに上がっていたのではないだろうか。

ジェフ・ベックのうまさの概念

さて、今回紹介してきたジェフ・ベック構造にならうなら、コピーライターである僕だって今後「コピーの消し方がうまい」などと評価されていく可能性もある。普通はあまり嬉しい評価じゃないかもしれない。けれど個人的な好みとしては、そういう解像度の高い言葉で評されるような玄人好みなポジションになっていきたいと思う。なぜなら、書くことのほとんどは消すことであり、書き直すことだからだ。この原稿も最終的に残ったのは3138文字だが、その影でおそらく4000文字ぐらいは「消して」いる。


追記:2023年1月、ロックリスナー歴30年にしてはじめてジェフ・ベックをちゃんと聴いてみました。たしかに、「消し方」に注目(耳?)して聴いてみると、音の響きが独特で美しくてカッコ良かった。鳴っている音と消えていく音を合わせて普段僕らは「響き」と認識しているのかもしれないな。『オーバーザレインボウ』みたいな、聴き慣れた曲のカバーだとより鮮明にわかるかもです。
それと想像していたより「新しかった」のも驚きでした。デジタルと融合していたり、ギターが進化する可能性を追求していた方でもあるのですね。クラプトンやジミー・ペイジみたいに、この人といえばこのフレーズ、という印象がなかったのは、絶えず自らを変化させ続けていたからかもしれません。そこまで解像度高いコメントじゃなく恐縮ですが。ご冥福をお祈りします。


本日の参考資料:


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