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すてきな二日酔い

けだるい目覚めだった。
寝返りを打つだけで脳がグラグラ揺らぐような感覚。
胃にまだ残る赤ワインがふとせり上がってきそうで、慎重に体を起こす。

「きもち悪い…」

明け方のかすかな陽に照らされ浮かび上がる部屋。
机の上には半分ほど空いたボトル。
いつの間にかエンドロールで止められた映画。
読みかけの文庫本からはみ出た付箋。
脱ぎっぱなしの洋服。
顔は…ちゃんとメイク落としてる。

歯磨きで少しでも不快感を取り除く。
水を常備するのは、やっぱり大事なことだ。
ごくりと一口飲むと少しだけ吐き気が弱まった。

時計は5時37分を指す。

肌寒い秋の始まりの朝。
窓を開けると凛とした空気が吹き込んで、私の安定しない脳を目覚めさせる。
都心なのに人の気配もない、こんな朝が好きだ。

まだ部屋を片付ける気にはなれなくて、
水の入ったグラスを片手に生まれたばかりの一日を眺める。

胃と頭は重いけど、心は不思議なほど軽かった。



昨日は最悪な気持ちで目が覚めた。
金曜日に聞かされた期末の組織変更。
はたから見れば私に悪い話なんてひとつもなかったけど、いろんな思いが交差して、絡まって、大きな不安になって、目覚めても脳裏にこびりついていた。

不安が離れない時、人に会うことを避けるのは短い人生で私が学んだ一番大事なことだ。
不安と不機嫌は、誰かに感染させると自己嫌悪に進化する。

だから、昨日の私は一人だった。

部屋の掃除をして、シャワーを浴びて、ブックカフェで本を読んだ。帰り道におつまみと新しいボトルワインを買って、物語の世界に自分を沈める。

我ながら、絵に描いたようなおひとり様女子だ。お前はブリジットか。
なんて、時々自分の行動に突っ込みたくなる日もある。

でもこれが私の自分なりのご機嫌の取り方だし、自力で不安を鎮められるようになったことは、人生で五本の指に入る誇らしいことだ。



二日酔いの覚めない頭で、ふと考える。
何をそんなに不安に思っていたのだろう。
こびりついていた不安の正体は、いったい何だったんだろう。

お酒で剥がせるくらいの不安、大したことじゃなかったんだろうな。
…いやいや、バカバカしいけど、昨日の私には一大事だったんだ。
良く乗り越えたね、と胸をトントンとたたく。
不安をまき散らさずに自力で浄化した、昨日の自分に心の中でスタンディングオベーション。

陽が昇ってきた。
ランニングする人や犬と散歩をする人。
静まり返った街が少しずつ温度を持つ。

グラスの水を飲みほして、部屋を振り返った。
「よし、掃除」
まだけだるさは抜けきらない。
でも、私はすごく元気だ。

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