知っていると役立つ行動経済学2 - アンカリング
婚約指輪の値段には「給料3カ月分」という相場があるのはご存知でしょうか?
この相場は今では一般的になっていますが、実は高級宝石を扱うデビアスのマーケティングプロモーションによって作られた戦略です。
そもそも昔日本には、婚約指輪を送る習慣はなく、1967年にダイヤモンドの婚約指輪をもらう花嫁は20人に1人しかいませんでした。
そこでデビアスは、「ダイヤモンドは永遠の輝き」などの広告キャンペーンを行った結果、婚約指輪は「給料3カ月分」という相場を定着させ、継続した売り上げを得ています。
このデビアスの戦略を、行動経済学では「アンカリング効果」と呼びます。
アンカリング効果とは?
アンカリング効果とは、「最初に提示された特徴や数値(価格)が印象に強く残り、意思決定や判断に影響をおよぼす」ことです。(アンカーは錨が語源)
例えば、ハイイロガンの雛は生まれた瞬間に見たものを親だと思い込む習性があります。そのため生まれた瞬間に人間を見ると、雛はその人間を追いかけ続けるようになります。
同じことが、人間の意思決定にも当てはまります。
アンカリングを証明する実験
ある実験で、まず社会保険の下2桁を書いてから、いろんな品物を見せて、いくらなら払うかをMITの学生に尋ねました。
とてもシンプルな実験です。結果をみると、なんと社会保障番号の下2桁の数字が高い学生ほど、品物の値段を高く記入しました。
なんとも信じがたいですが事実で、最初に提示された数値(社会保障番号)がのちの値段に影響を及ぼす、アンカリング効果を証明した有名な実験です。
(記入した下2桁の社会保障番号の数値が高いほど、値段を高くつけた)
価格だけではない、アンカリングをうまく利用した企業戦略
人は無意識のうちに、最初にアンカリングされた価格や価値を思い込んでしまっています。結婚指輪の事例のように、一度根付いた基準を忘れることは困難です。
アンカリングはデザインにおいても応用しやすい効果です。例えば、セール商品を販売する際は、元々の価格を表示することで、それがアンカーとなりお得感を感じられます。
(ZOZOタウンのセール価格表示)
これは今ではよくある見せ方ですが、すぐに使えるアンカリングのテクニックです。しかし、アンカリングは、価格のみに当てはまるものではありません。
競合から顧客を獲得するかを考える際、価格設定だけでなく、サービスの売り出し方や戦略を考える上でも、アンカリングは重要なポイントになります。
以下では、アンカリング効果をうまく応用した企業の戦略を3つご紹介します。
1. スターバックスの体験設計
スターバックスは、他店のコーヒーショップとは比較的高い値段設定です。どのようにして、価格が安いコーヒーショップからお客を獲得したのでしょうか?
成功の理由は、スターバックスが価格ではなく、雰囲気の点で他のコーヒーショップとは一線を画する店舗設計に注力したからです。
当時のCEOハーワード・シュルツは、店舗を作る際に、お店は入りたての豆の香りが立ちこみ、洒落たコーヒープレスを売り、陳列ケースには見栄えのする軽食を並べました。
サイズはイタリア語のショート・トール・グランデ・ベンティとし、入店の経験が他店とは異なるようにできることは全て行いました。(これもS / M / Lの価格比較から逃れている)
こうすることで、コーヒーの価格ではなく、こだわり尽くした店舗設計において、消費者に新たな新たな体験を提供し、それをアンカーにすることに成功しました。
コーヒー1杯の価格で他の店に劣ったとしても、多くの消費者はスタバを選び、おしゃれな雰囲気でコーヒーを楽しむのです。
2. Appleの美的アンカー
Appleは、シンプルで美しいプロダクト提供にこだわり、他社との差別化に成功しました。
Appleのサイトを見ると、印象的なキャッチ、美しいデザインのプロダクトが目に飛び込んできます。
顧客は、他社の製品と、性能やスペック、価格を比較したとしても、Apple製品の「徹底的にこだわったシンプル」、「美しいデザイン」というアンカーで優り、同じスペックで安い競合よりも選ばれるプロダクトを生み出しています。
3. IDEOがデザインした海賊船MRI
デザイン思考の成功事例としてよくあげられる、部屋全体を装飾し海賊船に見立てたMRI室のデザインがあります。これも、アンカリング効果をうまく応用した事例といえます。
MRI室は子供にはとても怖い部屋で、8割以上の子供がMRIを行うのに麻酔を必要としていました。そこでIDEOは「病院(MRI) = 怖い」という子供のアンカリングに対して、「MRI = 海賊船に乗る冒険の旅」、という体験にリデザインしました。
看護師もマニュアルに沿って「今から海賊船に乗り込むよ。海賊たちに見つからないようにじっとしていて!」と子供に呼びかける徹底した体験設計です。
結果として、麻酔の利用は1割に減らすことができました。
自分の中のアンカリングを見極めよう
私たちは日々選択の連続を生きています。その際、無意識に形成されたアンカリングで、物事で判断していないか注意深くなることが重要です。
例えば、確かにスターバックスで美味しいコーヒーを飲むのは素敵ですが、毎日高価なコーヒーを飲むことが当たり前になった習慣を、他のやりたいことに投資できないでしょうか?
そのように当たり前の選択に注意深くなることが、もしかしたら企業や誰かに密かに決められたアンカーを見破り、本当に自分が望む選択をするポイントかもしれません。
最初の決断の持つ力は,その後何年にもわたって未来の決断に影響を与えるほど長くあとを引くこともある。これだけの効力をもつのだから,最初の決断はきわめて重要であり、十分な注意を払うべきだ。
ソクラテスは,吟味されない人生は生きる価値がないと言った。わたしたちもそろそろ、自分の人生における刷り込みやアンカーをよくよく検討していいころだ。
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参考
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