知っていると役立つ行動経済学 - おとり効果
近年、デザイン業界で注目を集める学問の一つが行動経済学です。行動経済学は、人が取る行動を、心理、認知、感情、社会的側面から理解しようとする学問です。
実際、政府や非営利団体が行動経済学者を雇おうとする流れや、企業がブランディング、プロダクトデザイン、従業員のモチベーション / 健康 / 給与などに、行動経済学を応用する試みがみえています。
日本では経済産業省が、今年の5月21日に省内に新たなプロジェクトチーム「METIナッジユニット」を設置しました。これは行動経済学を応用し、政策の施策効果向上を図ったチームです。この学問分野が今期待されていることがわかります。
ユーザーに最適な選択をしてもらうため、デザイナーも行動経済学の真髄を理解することが求められています。今回は、行動経済学者の第一人者でTEDトークでも登壇したダン・アリエリーの著書「予想どおりに不合理」から「おとり効果」について解説します。
相対性を理解する
私たちは日々物事を相対的に比較し選択しています。例えば、以下の図は、二つの青丸違う大きさに見えますが、実は同じ大きさです。
周りにある物によって、違った大きさに見えるよう人は錯覚してしまいます。これは視覚だけではなく、日々の選択や行動にも当てはまります。
エコノミスト雑誌の実験
ある実験で「エコノミスト雑誌」購読のプラン選択の調査が行われました。プランは以下の2つで、MITの学生100人にどれを選びか調査しました。
【実験1】
1. ウェブ版:59ドル
2. ウェブ版と印刷版のセット:125ドル
(「エコノミスト雑誌」のプラン選択)
実験の結果、より多く選ばれたのは「1. ウェブ版」で、100人中68人でした。
▼ 実験1の結果
1. ウェブ版:68人 ←(人気)
2. ウェブ版と印刷版のセット:32人
次の実験では、全く同じ質問に「2. 印刷版:125ドル」という選択肢を増やし、MITの学生100人に再度調査を行いました。
【実験2】
1. ウェブ版:59ドル
2. 印刷版:125ドル(← 新しく追加した質問)
3. ウェブ版と印刷版のセット:125ドル
(2回目の実験では「印刷版の購読 - 125ドル」が追加された)
もし「2. 印刷版の購読」を選ぶなら、同じ値段の「3. ウェブ版と印刷版のセット」を選んだ方がお得ですね。果たして結果はどうなったでしょうか?
▼ 実験2の結果
1. ウェブ版:16人
2. 印刷版:0人
3. ウェブ版と印刷版のセット:84人 (一番人気)
なんと、選択肢を1つ加えただけなのに、より単価の高いプランを選ぶような結果になりました。
これが「おとり効果」です。お取り効果とは、他に比べて明らかに劣る選択肢を加えることで、意思決定を変化させる心理効果です。
今回の例でいうと、比較しづらい2つの選択肢に、「3. ウェブ版と印刷版のセット」と同じ金額かつ内容は劣る「2. 印刷版」を増やすことで、人気のないプランを一番人気に変えることができました。
利益でいうと、二択の場合が8,012ドル、三択の場合が11,444ドルです。金額は変えずただ選択肢を増やすだけで、3000ドル以上の利益を生み出すことができたのです。
旅行のプランで考える
他の例で「おとり効果」を考えてみましょう。
例えば、あなたは旅行会社の懸賞に当選し、2つの旅行プランを選ぶことができます。1つは「週末のローマ旅行」、もう一つは「週末のパリ旅行」です。全ての費用は旅行会社が出してくれます。
あなたはどちらに行きたいでしょうか?図で表すと以下のようになります。
Rがローマ、Pがパリ
この場合、どちらかを選ぶのは容易いことではありません。ローマにはコロッセオがあり、パリにはルーブルがある。どちらの国も譲れません。
ここでおとり効果を応用してみます。もし旅行会社がローマに誘導したいのなら、3つ目の選択肢に「"朝食無料サービスのない"ローマ旅行」を追加します。
結果はどうなるでしょう?もちろん、おとり効果を適応した「ローマ旅行(R)」がより選ばれやすいようになったのです。図で表すと以下のようになります。
R'(朝食無料サービスがないローマ旅行)を加えた結果、R(朝食無料サービスのあるローマ旅行)がより魅力的に見えるようになります。しかし、冷静に考えれば、パリにも朝食無料サービスが付いてきます。
それでも多くの人は、お取り効果のあるRに引っ張られてしまうのです。
おとり効果を利用して成功したパン屋
家庭用品のウィリアムズ・ソノマ社は、当時まだ流行っていなかった自動パン焼き機を発売しました。しかし、ほとんどの消費者はまだ流行っていなかった新しい製品に反応を示しませんでした。
そこで、同社はそれよりも50%以上高価な「デラックス」版の製品を新たに発売する戦略を取りました。
すると、なんと「最初のパン焼き機」が飛ぶように売れ始めたのです。
これは、2つの選択肢を提示することで、お客さんは「もし買うなら...」と相対的に判断し、割安のパン焼き機を買うアクションに至った「おとり効果」をうまく使った有名な例です。
人間の相対性とどう付き合うか?
「おとり効果」は、人間の「相対的に物事を判断する」という性質を元に意思決定を変える一つの心理効果です。例で見たように、より高い料金プランに誘導したり、より魅力的なプランに見せようとしたり、売れないパン焼き機を売れるように変えることができました。
お取り効果は、利益を上げるために今から応用できる効果的な手法です。
しかし、ITの発達で情報がオープンがなった現代において、私たちは「おとり効果」の魅力よりも、それを引き起こす「人間の相対性の気質」に気づき、その付き合い方を考える必要があります。
Facebookでは知り合いの成功体験が、Instagramでは美化された女優の写真が常に流れ、自分もそうなる必要があるように情報が押し寄せてきます。
特に比較しやすいのは年収です。資本主義社会では、多くの成功者と呼ばれる人が、他人と自分を比較し、幸福になるためにより多くの給料を求めるのです。(給料の多さと幸福度との間には、一定のラインを越えると関連がなくなるのにも関わらず)
相対性の連鎖に騙されないようにしよう
「ホットオアノット・コム」という出会い系サイトの共同創設者のジェームズは、事業で成功を収めましたが、ポルシェのボクスターを売って、代わりにトヨタのプリウスを購入したことがニューヨークタイムズで取り上げられました。
彼の親友は大手IT企業ペイパルの創始者で、周りにはたくさんの金持ちがいるにも関わらず、相対性から逃れる術を心得ています。
ボクスターの生活を送りたいと思いません。だって、ボクスターを手に入れたら、次は911に乗りたくなりますからね。その911を持っている人たちが何に乗りたがっていると思いますか?フェラーリですよ。
今回学んだ「おとり効果」はマーケティングやデザインなどに応用しやすい手段です。
それを悪用しないことはもちろんです。同時に、幸せな人生を歩む上で大事なことの1つは、自分の欲求が周りに押し付けられたものではないか疑う姿勢なのだと、行動経済学は教えてくれます。