感情面から取り組むデジタルリテラシー 誤情報対策を「時間」の問題として捉え直す【論文紹介】
2022年の春、誤情報・偽情報に対抗する手段としてのデジタルリテラシー教育に関する研究プロジェクトに参加しました。研究チームの仲間と一緒に執筆した論文 "It's about time: Attending to Temporality in Misinformation Interventions" が4月に発表されたので、日本語で内容を紹介します(論文は、CHI = Conference on Human Factors in Computing System 学会にて採択)。研究者だけでなく、教育ツールをデザインしている方、学校などの現場でメディアリテラシーを教えている方、ローカルコミュニティで活動している方などにも参考になればと思います。
背景
この論文は、"Co-designing for Trust — Reimagining Online Information Literacies with Underserved Communities"という研究の成果の一つです。実際に現場でデジタルリテラシー教育に関わる教師、図書館司書、ジャーナリスト、コミュニティオーガナイザーの方々(以下、研究参加者)と一緒にワークショップを開き、どんな問題に直面しているか、どういったデジタルリテラシー教育が必要かを一緒に考え(reimagine)、設計する(co-design)という、参加型デザインプロジェクトです。研究参加者は、特に米国の地方で教育に携わる方や、有色人種や移民などのマイノリティーグループ・コミュニティと共に活動している方たち(本論文では"digital literacy interventionists"と呼んでいます)。
HCI領域ではこれまで、誤情報対策ツールなどを学生やソーシャルメディアユーザーに使ってもらいテストするといった試みはありましたが、実際に現場で教育に関わる人たちに注目した研究はあまりありません。また、巧みに行われる偽情報キャンペーンに対抗できる効果的な既存対策も少ないのが現状です。コミュニティと一番近い距離にいる人たちの声から学び、今必要とされているデジタルリテラシーとは何かを考えるべきではないか、というのが今回の研究の背景にあります。こうした問題意識から、深刻な誤情報問題に対抗する解決策の幅を広げるにあたり、現場でリテラシー教育に関わる人々から何を学び、教育ツールのデザインにどう生かせるか?という問いを立てました。
研究手法
本研究では、2021年〜22年に開催した5回の参加型デザインワークショップで集めたデータを元に、質的分析を行いました。ワークショップでは、教員、コミュニティーオーガナイザー、ローカルジャーナリスト、図書館司書など延べ36人が参加し、毎回デジタルリテラシーをテーマにディスカッションやアクティビティを行いました(各ワークショップの詳しい内容などについては論文内のtable 1を参照)。
誤情報対策を「感情」と「時間」の問題として捉え直す
研究参加者らの議論からは、主に次の二点が浮かび上がりました。一点目は、誤情報対策としてのデジタルリテラシー教育に必要なのは、単に「ファクトの確認方法」を教えるだけでなく「感情」の面からの取り組みが不可欠だということ。二点目は、デジタルリテラシー教育を設計するにあたり、さまざまな局面において「時間」を考慮することの必要性です。
1. 「感情」を考慮したデジタルリテラシー教育には時間が必要
ソーシャルメディアなどで拡散される誤情報は、センセーショナルな見出しや写真などを用いてユーザーの感情や信条に訴え、反射的にクリックやリツイートをさせることで広く拡散していきます。誤情報が拡散されるこうしたメカニズムを踏まえた上で、研究参加者らの多くが、「なぜ特定の情報に接したときに強い感情が引き起こされるのかをじっくり考え、ファクトだけでなく感情の側面から誤情報対策に取り組むカリキュラムを増やしていくことが必要だ」と指摘しました。また、センシティブな話題や、それによって引き起こされる感情について話し合うカリキュラムを行うには、前提として、生徒やコミュニティーメンバーとの信頼関係を構築することが不可欠です。こうした取り組みは、個人でいつでも取り組めるよう設計された既存対策(例:情報源の確認など基礎的なファクトチェック)に比べると、ある程度時間を要します。
2. …でも、現場の先生は忙しい!'Temporal Mismatch'
では、そうしたリテラシー教育を可能にする時間的余裕はあるのか?研究参加者たちの答えは"No"でした。その理由として、(1)職場はコスト削減重視で、短期間で目に見える結果を求められること、(2)先生や図書館司書は常に多忙で、正式なカリキュラムではないデジタルリテラシー教育にはなかなか時間が割けないこと、(3)コミュニティーメンバー、特に行政や教育のサービスが十分に行き届いていない層の人々は、日々の生活に追われて忙しく、デジタルリテラシー教育に参加する時間がなこと、(4)新たなテクノロジーやプラットフォームが次々と現れ、教育現場でのアップデートが追いつかないこと——などを挙げ、デジタルリテラシー教育への熱意があるにもかかわらず、なかなか理想のカリキュラムを実行できないことへの不満を共有しました。こうしたTemporal Mismatch(時間的ミスマッチ)が、現場が必要だと考えているデジタルリテラシー教育の実行を妨げている現実が浮かび上がりました。
3. Temporal Mismatchへの対応策
では、どうすればTemporal Mismatchに対応できるのか?ワークショップ参加者からは次のようなアイデアが出されました。
1. 短時間で学べる方法のデザイン
短時間で学習できる教材を作成し、それを何度も繰り返してもらうことで定着させる。
2. 適切な場面を見極めて対応する
図書館や学校などの現場で、誤情報に基づいた感情的な論争や意見の食い違い(例: マスク着用の是非など)が起きてしまったら、時間をかけて対応することが適切かつ有効なケースかどうかをその都度判断して対応する。
3. 時間を「割く」から「作る」へ
時間がないコミュニティーメンバーに、デジタルリテラシーを学ぶワークショップなどに参加してもらうにはどうするか?ギフトカードや昼食の提供など、金銭的インセンティブを設けて時間を「割いて」もらうのも一つの手だが、日々のルーティンの中にある「すきま時間」に組み込む形で学びの場をデザインする。
4. 既存のリソースを活用する
時間短縮のために既存の教材やリソースを活用し、シェアしたり、文脈やメディア環境の変化に応じてアップデートしたりする。ただ、学校教員は日々の業務に追われており、既存教材の共有やアップデート自体にも時間がかかりすぎると感じており、こうしたタスクを円滑にするプラットフォームなどがあると良い。
システム2思考: 長期的な視座に立ったデザイン
研究参加者からは、人々が(誤)情報を求めたりシェアしたりる理由の一つは、同じ情報をシェアすることでコミュニティに属しているという感覚を得たい、(例えばコロナ禍での)孤独感や不安感を軽減したいという欲求が根底にあることが多い、という指摘が相次ぎました。だからこそ「ファクト」だけはでなく「感情」の側面に注目したデジタルリテラシー教育を行うことが必要であり、そのためには何よりもまずコミュニティとの信頼構築が不可欠だ、という意見が共有されました。
デジタルリテラシーを教える側も参加する側も多忙な中で、こうした点に重きを置いたリテラシー教育を行うためには、上記のような「時間の効率性」を考慮した戦略も必要です。一方で、研究参加者らは、短時間での学びに落とし込めないものもある、と指摘しました。例えば、自分の日々の情報摂取を記録してじっくりと振り返ったり、強い感情を煽る・意見が分かれる話題について一緒に話し合うには、ある程度の時間が必要です。こうした取り組みを可能にするためには、「短時間で効率的に実行できるほど良い」という考え方から距離を置き、長期的視点で情報との関わり方を再考できるようなデザインも必要なのではないでしょうか。
そもそも、私たちの多くは普段、システム1思考(直感的な高速思考)に頼っており、システム2思考(熟慮型の低速思考)を使うにはより努力を要します。自動的なシステム1思考は、誤情報が拡散する構造的条件の一つとも言えます。こうしたメディア環境下の中でシステム2思考を促し、時間をかけて考え、内省し、互いの意見に耳を傾け、他者への理解と信頼を育むような教育のデザインが、誤情報拡散への対抗策になり得る——と論文では提言しています。
※このブログ記事はあくまで一部内容の紹介ですので、引用はご遠慮ください。論文は下記からアクセスできます!
Wilner, T., Mimizuka, K., Bhimdiwala, A., Young, J. C., & Arif, A. (2023, April). It’s About Time: Attending to Temporality in Misinformation Interventions. In Proceedings of the 2023 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (pp. 1-19).
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