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だれかこの感覚を言葉にしておしえてください、な。
やることがたくさんあるのには、理由がある。
やることが多すぎる。
やることを後回しにしたから残っている。
やることも多いし、後回しも多い。
この三択にしたら、いまの状況はあきらかに3番。
ははは。わかってる私って大人だな。
今月は、学びを詰め込んだんだです。
インプットだらけの1ヶ月です。
そのうちちゃんとアウトプットを兼ねて学んだことを書きたいと思います。
いま、児童文学のコンクールに出すための小説を書いていて、それの締め切りが私の頭上に
大きな星(重石でもあり1等星でもある)のごとく輝いてます。
作品を書いてる時間って、なんて下手なんだっていう自己評価が基準になります。
巧いひとの文章を読んで、落ち込む。(こういう人がいるんだもん、もう無理だよとなる。)
学歴が高い人を見て、沈む。(頭がよくないと文章力なんてもてるわけないよ、と勉強をしてこなかった過去の自分を責める。)
受賞歴がある人を見て、やっかむ。(ウマくて運もいいなんて、かないっこないじゃん。なんだよとうんざりする。)
出版しましたっていう情報をみて、脳みそをフリーズさせる。(なにをどうしたらそんなゾーンにいけるんだか、もう諦めようよ、なにもかもとなる。)
そんな負の心を自覚することの連続。なんだか可哀想な時間ですよねww
だけど、だけどだけどだけど。
その負の気持ちに負けずに、「おわり」という文字を打ち終えた時の、
ライティング・ハイ
は、私が大好きな種類のアドレナリンが出まくるのです。
小説を書いたとか 作品を書き上げたからっていうより、
書いた。書き上げた。書き終えた。
という種類のアドレナリンだと思っています。
noteでもあるでしょ? 誰にでも。
バズったとか、いいねがたくさんついたとか、
そういう満足感とは、まるで違う高揚感のほう。
これは書き上げた人しか、辿り着けないヤツだと思っています。
審査の結果とかいいねの数では到達できない、
脳のエクスタシー。
どんなものであっても、書いている人は、知っている感覚では? と思ってるんだけどなぁ。
あるあるってかた、その感覚をどんなふうに呼んでますか? 表現してますか?
さ。小説のほうに戻ります。
noteをさぼっていることが、なんだか落ち着かなくて、長めの独り言をかいてしまいました。
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