見出し画像

さよなら、こんにちは、そしてまたさようなら一万円

この10年。
気になりながらも
ずっとできないことがありました。

それは我が家の
「大切なもの入れ(主に通帳等が入っています)」の中に眠っていて、
ふたを開けるたびに目に入ってきます。

毎度、しばらく考え込むものの
すぐに行動に移すことができず、
「そのまま眠らせておく」を繰り返していました。

それが、これです!(イメージ図)

一万円札の真ん中に顔

ど真ん中に落書き入りの一万円札!!

あれは息子が2歳になったばかりの頃でした。
リビングで家事をしている時に、
いつもより息子が静かにしていることに気づいた私は彼の名前を呼んでみました。

「◯◯くーん」
「はぁ〜い」
「なにしてるの〜?」
「お絵描きしてるの〜」

そうか。お絵描きしてたから静かなのね。

ん?
どこでお絵描き??

私は慌てて息子の声が聞こえてきた方に走り出しました。
夫の部屋に息子はいました。
部屋には作業用のデスク。
机上にノートパソコンと数本のペンとその月のお小遣いが置いてありました。
息子は椅子によじのぼって、そのデスクで描いてましたね。

画伯のように。

力強い

しかも息子が手に持っているのは、夫が大事にしている万年筆。

「ぎゃああああ」
目の前の光景にパニックになった私が声をあげると、
息子は優雅に
「お顔かいたの〜」と笑顔で描いたばかりの作品を披露してくれました。
よく描けたのでしょう。
誇らしげです。

2歳の息子にとっては、
「机と椅子」「紙」「ペン」が揃っていれば、
それはお絵描きタイムのはじまり。
悪いことだなんて思っていません。
それどころか当然のことをしている、という自信に満ちた表情です。

真ん中のすかしの部分がまあるくあいているのが
「右隣りの福沢諭吉をよく見て描いてみましょう」というふうに見えたのかもしれません。
もしくは、すかしにうつる諭吉をなぞろうとしたのかもしれません。
いや、まったくのオリジナルかも…

そんなことは良いんですけど、
この一万円札、使えないじゃないですか。
どこかお店で使うにも迷惑をかけちゃうし、
一度ネットで「落書き入りの紙幣 どうすれば」で検索したら、
「ATMに入れたら普通に入金できる」と書いてあったのでやってみたんですけど、
さすがに真ん中に万年筆で力強く描かれてますからATMは騙されてくれませんでした。「こんな怪しいの受け取れないよ」という感じで戻ってきます。紙幣がATMにはじかれて戻ってきた時ってね、なんだかとても悪いことをしているような気分になるんです。
それで心が折れました。

…で、
どうしようどうしようと思いながらも、
まぁ、また今度考えようとしまっておいたんですよね。
それで10年以上経って、今回、ついに!!!

この一万円札を銀行の窓口に持っていきました。

きっかけとしては、もうすぐ新紙幣になるでしょう。さすがに新紙幣になる前にどうにかしてスッキリしておきたいという気持ちがありまして。

でもね、怖かったんです。
ATMにはじかれた時に「悪いことしたお金を持ってる」みたいな気持ちになっていたので、
なんだかね、申し訳ない気持ちから、それが恐怖に変わって。10年以上もの間、行けなかったんですよ。

ここは勇気を出して、いざ!!
おそるおそる、銀行の窓口へ。

順番待ちの番号札機の前でぼーっとしている私のところへ案内係の銀行員さんが声をかけてくださいました。

「どうなさいましたか?」
「あの〜、すみません。子どもが赤ちゃんの時に落書きしちゃって…」
私がもじもじしながら一万円札を銀行員さんに見せると、
「あら〜!可愛い!!上手に描けてますねー!子どもは描いちゃいますよね〜」
「え…」
まさかの、
「可愛い」から入るという好意的な反応。

「よく描けてますからもったいない気もしますけど、交換もできますよー」
そう言って〈交換願い〉のような申請の紙を笑顔で持ってきてくださる銀行員さん。
「これを書いたら窓口に持ってきてください。交換いたします」

その交換願いには私の名前と連絡先を書くようになっています。
あとは交換金額も。
「ここに、一万円から一万円って書いてください」
用紙を指差しながら、記入部分を丁寧に教えてくださる銀行員さん。
〈10000円→10000円〉

記入を終えた私は、交換願いと画伯の一万円札を持って窓口へと行きました。
さっきの銀行員さんが優しかったので少し気持ちが楽になりましたが、
窓口の人にこれを差し出すのも緊張します。
私が、
「これを交換していただきたいのですが…」と出した瞬間、

「わぁ!!上手〜。描いちゃいますよね〜。なんか交換するのもったいないですねー。可愛い〜」
「あ、ありがとうございます」
「今ちょっと新札がないんですけど良いですか?」
「落書きしてあるものを交換していただけるんですから、なんでもよいです〜」
銀行員さんは笑顔で画伯の一万円札と交換願いを受け取ってくださいました。
さよなら、10年以上眠っていた画伯の一万円。

窓口の銀行員さんまで優しいことに私の心はほかほかに。
幸せでポヤ〜ンとしていると、
すぐにトレーに乗せられた、
真ん中に何の絵も描かれていない美しい一万円札が私の前にさしだされました。

本当に交換できた…
銀行員さんたちも優しかった…

美しい一万円札を財布の中にしまいながら、
私の手は少し震えていました。

ホッとしましたし、
達成感もありましたし、
もちろん嬉しかったのですが、
なんとなく寂しい気持ちにもなりました。

10年以上も大事に?持っていた画伯の一万円札。
銀行員さんが優しく言ってくださった
「交換するのもったいないですね」の言葉が、今さら耳の奥で響きます。
たしかに、
息子が成人する時までとっておけば良かったかな、とか
額にでも入れて飾っておけば良かったかな、とか。
変な後悔に包まれます。

あーあ、私、使えるお金に交換しちゃったよ。

これまでずっと使えずにきたのに、
美しい一万円札を手にした私は急にそれを手放したくなりました。

銀行からの帰り道、
それは一瞬で食料品に姿をかえました。

この記事が参加している募集

スキしてみて

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

こんなところまで読んでいただけていることがまず嬉しいです。そのうえサポート!!ひいいっ!!嬉しくて舞い上がって大変なことになりそうです。