「おじいちゃんになります」
弟から電話がかかってきた。
弟は実家の近くに住んでいるため、よく1人暮らしの母の様子を見に行ってくれている。
その弟からの電話だ。
私は一瞬(良くない報せなのでは?)と、身構えた。
おそるおそる、電話に出ると、
勢いのある弟の声が聞こえてきた。
「あ、もしもし?お姉ちゃん?
俺、おじいちゃんになりまーす!!!」
「…」
「は?」
「だからね、俺がおじいちゃんになるのよー!」
こういうの…25年くらい前にも一度聞いた。
当時まだ18才だった弟が、ゲームをしている私の横にやってきて、
「お姉ちゃん、ぼく、子どもができちゃった」と、ちょっと照れながら報告してきたことがある。弟はその時に結婚をして、今や25、23、20才の息子の父である。
その時と同じ声、同じ勢いで、いや、その時以上に弾んだ声で
「おじいちゃんになります」と。
「え?誰が?3人のうちの誰?」
数秒考えて、3人の甥っ子のうち誰かに子どもができたのだろうと予想しながら聞く。
「真ん中!」
真ん中…次男のことか。
「え?結婚するのかな?」「予定日とかわかってるの?」
私があれこれ聞こうとしても、弟は自分の幸せの世界に入っているらしく、ずっと「嬉しい」とか「楽しみ」とかフワフワしながら言っている。
弟が…おじいちゃんになる。
私はボーッとした。
こういう時って、父親の立場としてはもっと慌てたり怒ったりするんじゃないだろうか。古い言い方をしてはなんだけど、こちらは男側だ。別に何も悪いことはしていないけど、順番が逆だ!とか、責任がどうのこうのとか、そういうことをバシッと一発…
なんかこういう時って父親は息子に厳しくするイメージ。
なんだけど、弟はとにかく嬉しそう。
ひたすら嬉しそう。
「思ったんだけどね…」
おっ!なんだ?なんだ?声が真面目になったぞ!
「俺がおじいちゃんになるってことはさ、お母さんはひぃおばあちゃんになるわけよ!」
急に当たり前のことを言い出した。
気が抜けて、私は「ああ、そうだね、そうなるね」
と、相槌をうつ。
「お母さんがひぃおばあちゃんだよ!嬉しいねぇ」と、また嬉しがっている。
油断するとすぐ嬉しがる。
「そして、お姉ちゃんがあれだ!おじいちゃんのお姉ちゃんだから、なんかもう大きいおばあちゃんだよ」
「…大きいおばあちゃん」
我が子はまだ小学生。そんな私が、大きいおばあちゃん…
なんだそれ、
と思ったけれど、まぁいいや。
母が高齢出産だったので、私が生まれた時には既に「おじいちゃんおばあちゃん」がいなかった。正確に言えば、祖父母4人中、すでに3人が他界している状態で1人は遠くに住んでいたため私は「おじいちゃんおばあちゃん」と触れ合った思い出があまりない。
憧れだった、おじいちゃんおばあちゃん。
その存在に弟が43才の若さでなるという。
そしてやたら喜んでいる。
嬉しくて一晩中、赤ちゃんの名前を考えているとか言い出したので、
「それは若い2人が決めるよ」と言ったら
「ああ、そうだった」と我に返って低い声になった。
なんかちょっとビックリはしたけれど、私もだんだん嬉しくなってきた。
甥っ子は可愛い。甥っ子の結婚も幸せも嬉しい。ただちょっとビックリした。
でも、このビックリの時に、
やたらめったら喜んでいる人がいると、その喜びのオーラというか、そういうのにつられて、
私もやたらめったら嬉しくなってきた。
「こりゃあ、弟の大喜びが伝染ったな」と思ったけれど、慶事をしっかり喜べるっていいなと思った。
電話を切ったあと、
(さすがに大きなおばあちゃんはないだろう)と、
「祖父の姉 呼び方」で検索してみた。
どうやら、祖父の姉の呼び方は「大伯母(おおおば)」らしい。44歳の私、大叔母デビュー。
(えらくおっきなおばさんになるもんだ…)と「大伯母」の字を眺めていると、
また弟からの電話が鳴った。
ひととおり喋って切った後にすぐにかかってきたので、よっぽど大事な話を思い出したのかとまた少し身構えて電話をとると、
「お姉ちゃん!よく考えてみたら、俺に娘ができるね!!やったぜー!!」
その声がさっきより更に弾んでいたので、思わず笑ってしまった。