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汗っかきの グラス。

  『 好きな人は? 』
   『 彼氏は? 』
   『 クリスマスは? 』
   『 結婚は? 』
   『 子供は? 』

矢継ぎ早に浴びせられる銃弾に、
( これ程までに、よくも まあ、他人に干渉出来るものだな。)
と、心の中で嘲笑ちょうしょうしながら、のらりくらりと適当な相槌あいづちで全てをかわす。
尋問にも近い一通りのやり取りを終えると、次は、友人のターン。
半ば 惚気の愚痴を、只只ただただ聞く番になるのだが、あれこれ詮索されるより、正直こちらの方が 楽だ。

目の前に鎮座しているものの、よく動く口を ぼんやり眺めていると、油断していた頃、消火したはずの燃えカスがくすぶりを始める。
「 もう、いい加減 彼氏くらい… 」
思わず、眉間にしわが寄ったであろう表情を苦笑いに変えて、私は、返事を探した。
「 今は、いいかな… 」
咄嗟とっさに出た言葉の、半分くらいは本音だろう。
だが、後の半分は、保身に走った末の言い訳。
無傷で帰還する予定だったのに、不意の言葉で被弾してしまった。

今夜
「 とりあえず、生 」
と言ったように…
応急的に 誰かと付き合ったりは、出来ない。
目の前に出されて躊躇ちゅうちょなく口にしたのは、それが ' お通し ' だったからであり、私の恋愛事情にいて、迷い箸はおろか、小腹さえ空いていないのだ。
飲めないビールを、飲み込めない気持ちと一緒に流し込む。
「 寂しくない? 」
- 特に。
「 気付いたら、あっという間に三十になるよ 」
- 今更 足掻いても、適齢期ならとっくに過ぎてる。
「 一人で 死ぬの? 」
- 結婚したって、死ぬ時はひとり。
心の内でした決死の反撃は、くうを切って流れ弾にすらならない。
汗を掻いたグラスは、とうに飲み頃を過ぎて、まるで自分を見ているようだ。
アルコールが苦手な私でさえ、冷えているうちに、ググッと飲むのが一番美味しいことは分かっている。
「 ぬるくなったビールって、美味しくないね… 」
ぽつりと呟くと
「 あー、そんなの 飲めたもんじゃないよ 」
息巻いて返してきた友人の言葉で、さっき負った傷が意図も簡単にえぐられた。
持て余された それが、急に不憫ふびんに感じ、意を決してグラスを一気に傾ける。
「 ちょ!どうしたの!? 」
突拍子も無い行動に、友人は焦って制止をしようとするが、私は 勢いよく飲み干した。
   …やっぱり 不味い。
CM では、喉を鳴らしながら、とても甘美な誘惑をしてくる。
周りを見渡しても、皆一様に美味しそうに飲んでいるようだ。
おかわりだって、ざらだろう。
そして 幸せそうな、満足そうな顔をして、店を後にしていく。
   …私のビールだけが、いつだって 苦くて不味い。
そんなことを考えていると、陰鬱な気持ちに追い打ちをかけるように酔いが回ってきた。

どうやって帰宅したかは分からないが、次の日は散々なものだった。
酷い頭痛に、幾度となく襲ってくる 嘔気。
何も出来ず横になり、心配して連絡をくれた友人の LINE ですら無視をした。
夕方、ぐったりして涙目になった自分を見ると、非常に情けなくなる。
   …飲まなきゃよかった。
激しい後悔と共に、やはり、私には お酒は向いてないのだと、改めて思い知らされる。
   …もう、二度と お酒は飲まない。


ようやく訪れた睡魔の 薄れゆく意識の中で、昨夜の友人の言葉を 思い出していた。

「 お酒は、吐いて 強くなるものよ 」



 ︎︎◌ 補足
お酒を、恋愛に比喩してみました。
二日酔いは、粗方あらかた 失恋後ってところかな。

吐いて( 辛い思いをして )、美味しくなる( 強くなる・上手になる )。

私も 毛嫌いしているようでは、きっと、いつまで経っても美味しくはならないですねw

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