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2/19(月) 一歩前進

2時か3時くらいに寝たのに、5時に目が覚めてしまった。どうせもう二度と寝付けないのでそのまま活動開始。昨日作っておいた焼き芋を温め直し、トーストを焼き、プロテインも飲んだ。

予定を変更して午前診に行くことにしたが、開院時刻まであまりにも時間がある。昨日の陶芸で半分残していた粘土でもう1つ器を成形した。ゆうべ成形した分はまだ完全には乾いていないようだ。彩色と焼成は明日できそうならやることにしよう。ここ最近は天気が悪くて湿度が高いので、こちらの期待通りのペースでは進まない。まあ天気のことはどうしようもないので、悩んでも仕方ない。

病院の診療開始時刻に合わせて家を出る。現状を話し、主治医から無事に復帰許可が下りた。あとは会社の諸手続きが済めば本格的にオフィスに戻ることになる。今はモチベーションの高いほうの波が来ているので、メンタルが落ちる前に早く戻してほしい。療養の甲斐あって小刻みな波はだいぶ鎮まったが、結局のところスパンが長いだけで相変わらず気分の高低差は激しい。

一旦帰宅して、会社に診断書のスキャンを送付。今週中に手続きしてもらえる模様。来月初頭には復帰できることを願う。

家で昼食を済ませる。買ってきたパンの脂質を確認したら20g超えしていた。1日の上限は30gなので、今日は夕食で1日のバランスを取らなければならない。毎食ごとの計算は慣れたけれど、やっぱり素人だから栄養管理は難しい。

今朝の診察でも、私のメンタル疾病はIBDとMD由来なのでは、との見立てだった。身体が先に病んで、心がつられてしまったというパターンだ。ということは、指定難病2個持ちの私にとっては、今後もメンタルが堕ちる可能性があるということだ。それでも、自分の考え方や行動の癖を見直して少しでも頻度や度合いを下げていくことはできるのではないだろうか。自分時間(Me Timeと言うらしい)を大切にしながら、良いバランスで生活を続けられたらいいなと思う。

さて会社とのメールのラリーが一段落したので、もう一度出かける準備を始める。さっき病院へはすっぴんで行ってきたから、今度はメイクと髪の毛を少しだけ整える。今日の行き先ならそんなに気合いはいらない。

思ったより雨が強く降っていた。電車に乗ってから、ああ今日は服も靴も間違えたなとかぼんやり考える。やっぱり自分のミスを数えてしまう癖は直らないみたいだ。

目的地に到着し、事前にメモしておいたタスクを夕方までに全て終えた。タスクとは別に、サプライズ用のプレゼントも買えた。最近どうも忘れっぽい気がするので、1日のプランは事前にノートに書き出していつでも読み返せるように工夫している。この手法が割と功を奏している気がする。

夕方には読書する時間もあった。それだけで気分がいい。
今日は、先日途中やめにしていた禅語百選を読み進めた。遠藤周作のエッセイで松原泰道について触れられていて、それがきっかけで気になり購入した1冊だ。禅語の説明を解釈したり自分を振り返ったりするのに時間を要する本で、サクサク読み進められないが私はそこすらも気に入っている。

今日読んだ一節で印象深かったのは、因果関係のない事象もこの世には存在するということ。ひとたび咲いた花は、雨風を受けなくても自然と枯れ落ちる。それが命の定めということらしい。
こういうことは日常の色々な場面で出くわすけれども、過ぎ去ったことにいちいち理由や原因を求めても仕方がないことなのだと解釈した。たられば思考で煮詰まったり誰かを責めたりとか、ジタバタしても意味はないし時間は過ぎていく。これは今後の自分の人生においても肝に銘じておきたいと思った。

あとは、自分に関係ないネガティブな話題をいちいち自分ゴトしてメンタルすり減らす癖も直したい。SNSとかネットニュースとかがまさにそれだ。デジタルデトックスとまではいかなくても、見聞きしたことを自分の心深くまで取り入れないで鏡のように跳ね返すくらいのメンタリティは持っていたほうがいい気がする。

読書を終えて帰宅したら急に轟音を立てて煙るほどの雨が降り始めた。最近こういうことが多くて何だかラッキーだなと思ったりするけど、さっきの本の解釈でいくと、たまたまそういう事象が起きただけのことで、ラッキーだと感じるのはそれを自分のものさしで考えているからだ。今日のケースはシンプルに早く帰宅した自分に感謝、でいいとも思うけれど。
逆に、何か不都合なことが起きてもネガティブ要素を探したり悔やんだりせず、ああ今日はそういうことが起きたなぐらいのフラットさで受け止める練習がこれから必要なのだろうなと感じた。

人生もあらかた折り返すという今の年齢になって、「練習」なんて何か自分がすごく未熟者みたいに感じるけれど、少しでも多面的に考えて自分の心をラクにする術は身に付けておいてもいいかもしれないなと思った。